第5話 初めてのドライブ?

「あれ?俺、聴診器忘れてなかったかな?」


「えっ、見かけなかったですが・・」


「そう、どこに忘れたんだろう、まあいいや。


君、もう時間じゃない?8時になるよ」


細川が言う。


「はい、もう帰ります。」


「お疲れ様、帰って何するの?今から晩飯?大変だねぇ」


「えぇ、でも、勉強しないと・・・」


「勉強?それはすごい、勤勉家だね」


「違います。そのー、追試でー」蚊の鳴くような声で和は言った。


「え、追試?」少し間をおいて、細川は笑った。


「そう、それは早く帰って勉強しないと、総師長に怒られるぞ」


そう言って、細川はまた、病棟に上がった。


あの、微笑みは何だ?あれにお母さんや、看護師がやられるんだ。あたしも好きになったりして・・・まさか?だって三十七のおじさんだし、それはないよ。


それから、数日後の夜診が終わり小児科の外来を掃除していると、細川が現れた。


「もう、仕事終わり?」


「はい」


しばらく間を置いて、細川が続ける。


「ご飯でもどう?」


「えっ?」和は、思ってもない言葉に驚いた。


「君、いつも頑張ってるから、こっちも、なんか元気になるんだよね」


「駐車場で待ってる。俺の車、知ってるよね」


「えぇ、でも・・・」


「明日は学校休みでしょ?」


そう言って、細川は姿を消した。


和は、こっそり帰ろうとしたが、ばったり職員玄関で細川と出会ってしまった。


「やーちょうど良かった」と、細川は言う。


「いや、その、やっぱり・・・今日はやめときます。」和は、勇気を出して、やや強めに言った。しかし、細川は「いいから、何を気にしてるの?」と、聞く耳持たず。なかば強引に和の手を引いた。幼くして、父を亡くした和は、中年の人の手の温もりが、何とも頼もしく感じた。男の人の手ってこんな感じなんだ。車に近づくと、細川は乗るように促した。


「さあ、乗って」


「どこに、乗ればいいですか?」


「どこって、助手席に決まってるじゃん」


細川の愛車、アウディのクーペだ。色は白。典型的な金持ちの車って感じ。助手席っていいのかな、でもクーペだから後ろに乗るわけにもいかず。しぶしぶ乗り込んだ。


あ~やっぱやばいよ、どう見ても不つりあいな感じだもん。どうしよう~困った顔をしていると、


「祇園に行こうか」そう言って、細川はハンドルを握った。


祇園?・・・祇園って、この格好でぇ?あたし普段着なのに、和は緊張のあまり、固まってしまった。


細川が、いろんな話をしてくれるが、耳に入ってこない。和は外の景色が流れるのを見ているふりをしていた。男の人と二人で夜出かけるなんて、しかも車。暗闇にいくつもの光が、途切れることなく残像を残し流れていく。三十分くらい走ったところで、車が止まった。

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