第4話 医師との出会い

小児科の人気医師、細川先生の夜診につくのは決まって看護学生だった。甘いマスクと、物静かな言動、たまに冗談を交えて照れ笑いするという母性本能を大いにくすぐる先生はナースやお母さん方からも人気だった。和とは十八歳も年上だ。ある日、病院の食堂でどこへ座ろうかとキョロキョロしていると「ここへ座ったら」と細川が声をかけた。


「あっ、はい。」細川の前の席が空いていたのだ。和は緊張して少し戸惑っていると。


「何や、俺の前がいやなんか?」と、細川がからかう。


「とんでもないです。じゃあ、失礼します。」と座った。よりによって、ドクターの前だなんて・・・


「学校終わったんか?」と細川が話しかけた。


「あっ、はい」


「頑張れ、大変だろうけど・・・」


「はい」和は、緊張して食事どころではない。


しばらくして細川は、一足先に席を立った。


緊張していた和は、細川との会話はほとんど覚えていなかった。


食堂の帰りに亜希が寄ってきた。


「細川先生と何話してたん?」


「そんなの覚えてないよ、早く食べて行ってって感じ、ご飯も食べた気しないわ」


「あんな、機会ないよ~」と、亜希はうらやましげに言う。


「どうでもいい。それより、追試、追試だよ~」


「えっ、和またぁ?」と亜希があきれた表情を見せる。


「あ~最悪だ~また師長に叱られるー」


看護学校の中間テスト、和はしばしば平均を下回り追試になっていた。


今日も小児科の夜診。めずらしく、患者さんは少なく、看護師の世間話に和も加わっていた。


「細川先生って、奥さんとうまくいってないらしいよ。」


「子供さんに障害があるらしいね」


「うん。そういうこともあり、先生は忙しいし、家にあまり帰ってなくて、奥さんが不満らしいよ・・・噂だけどねぇ」


「あっ、患者さんきた」


和は、なにげに、聞いていた。


「和ちゃん、ちょっと小児科ついてくれる、あたし、内科につくから、なんかあったら言ってね」と、先輩の看護師に言われ、和は送られてきたカルテを広げた。


「えーっと、熱かぁ・・・竹内さあん。力君、今日はどうされましたか?」


和より少し年上くらいの若いお母さん、金髪で、ミニスカ、さすがにハイヒールはないが今時のお母さんって感じ。香水の香りが周囲の鼻を刺激する。


「保育園から帰ると、元気がなくて、熱を計ってみたら三十九度もあって。」


「他に症状はありますか?」和は、問診を続けた。


「いいえ、特にないです。」


話してみるといたって、普通のお母さん。人は見かけで判断してはダメだ。そう自分に言いきかせた。


すると、細川が、病棟から降りてきて、すーっと診察室に入った。和も慌てて細川のあとに入る。


「何の子?病棟で気になる子がいるから、早めに終わらせよう」と、少し厳しい顔をみせた。様態の悪い子がいるんだ、和はピンときた。 


「熱があるようです」


「うん、じゃあ入ってもらって」


「はい」


「竹内さんどうぞ、お入りください」


細川は、優し笑みで迎える。


「力くん、久しぶりだね。最近、来ないから調子良かったんだね。喘息の発作もないかい?今日は、熱が出たんだね。元気ないね、水分は摂れてる?嘔吐はない?」


細川は、次々に、力君の様子を聞き取る。


「じゃ、診察するね。」


「あー、のどが少し赤いね。胸の音は大丈夫だ、これなら、点滴はしなくていいでしょう。飲み薬で様子見よう、ご飯が食べれなかったり、水分も摂れないなら早めに来て。そのときは、点滴だね、もしかしたら入院になるかもね」優しく微笑んだ。


「お母さん、何か気になることない?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございました」と満足げにお母さんも微笑み退室した。


和は、細川の人気の秘密がわかった気がした。


あんなに穏やかに人に接することができて、説明も完璧、そりゃ人気のはずだわ。しかも、病棟で気になる患者がいるからと、ややあせているはずなのに。すごく冷静で、堂々としている。この安心感はすごい。


とても、家庭がうまくいってない人とは思えない。細川の左手薬指の指輪が、何だか気になった。


「じゃ、この薬で、今度調子悪くなって来たら採血ね、病棟に戻るからあとよろしく」と、白衣をなびかせ診察室を後にした。


「はい、わかりました」


それから、患者さんは来なかった。和は定時で帰る準備をしていた。夜勤の看護師がやってきて、


「和ちゃん、時間になったら帰ってね。あたし当直室にいるから、お疲れ~」と、声をかけた。


「はーい、お疲れさまでしたぁ、あと十分か、ゆっくりしてよーっと」和は診察台に腰掛けた。外待合のドアが開く音がすると、細川が入ってきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る