第3話 初めての夜遊び
それから一週間くらいした頃、病院の廊下で、仲の良い先輩に声をかけられた。
ひとつ年上の寿先輩だ。彼女もまた、京都北部の出身だった。
「和、今度飲みに行こうや。」と、満面の笑みで寿が言う。
「飲みにって、あたしまだ十九ですよ・・」と、小声で和が返す。
「そんなのわかってる、ジュースでも飲んでたらいいじゃん。あんたの、合格祝いや。」
「で、どこに行くんですか?飲みにと言うことは夜ですか?」やや不安げに和が言う。
「あたりまえやん、木屋町あたりに行こか?」寿は、終始笑顔で言う。
「木屋町?」和は少し間を置いた。調子がいい先輩に不安がよぎったのと同時に、まだ、夜の繁華街に出たことがない和は興味もあった。
「いいですよ、行きましょう。」と、和も笑顔で答えた。
そして、約束の土曜日、二人とも五時過ぎに仕事が終わり、いったん寮に帰って、支度をした。初めての夜の街、和は少しワクワクしていた。部屋のドアを寿が叩いた
「和、準備できた?」
和は、やや緊張した面持ちでドアを開けた。
バッチリ化粧して、ミニスカワンピース、いいにおい、香水かな・・・やっぱ、一年先輩ともなると違うなあと感心した。
電車で、三十分。四条河原町周辺を歩いていると、昼間とは違う煌びやかな、夜の雰囲気に、和は心躍らせた。きょろきょろしていると、男性二人組に声をかけられた。いわゆる、ナンパだ。
「ねえ、ねえお姉さん?どこ行くん?」茶髪の男が言う。
「一緒に飲みに行かへん?」と、もう一人が続けて言う。
「ねえ、何歳?」などと、しつこく声をかけてくる。これがナンパか?初めての和は、少し怯えた。
「もう、何!」寿が言った。一瞬、翻った男たちだが、そう簡単にはあきらめない。
「行こうや、車あるしドライブでもええで」と、茶髪が言う。
「え~車・・・」寿が、ためらった様に言うと。
「うん、行こ行こ」一人の男が寿の手を引っ張った。
「どうする和」落ち着いた表情の寿。
「えっ」こういう時は、断るんじゃ・・・
「ちょっとだけ行く?」寿は、半笑いで和の手を引き、二人は見ず知らずの男の車に乗ってしまった。和の心臓の鼓動が胸骨に響く。こんなに緊張したことはないくらい。若い男の人の車になんて乗ったことないから仕方ない。しかも、見ず知らずの人。寿は、慣れた様子で、調子よく、本当か嘘かわからないような話をして、その場を盛り上げていた。
和は、何を話していいかわからず、流れる窓の景色をただ見ているだけだった。
「看護婦さん目指してるの」と、茶髪の男が言う。
「いいねえ、ナース。」と、もう一人の男が話かけてきた。和は、少し顔をしかめた。そうこうしているうちに、東山にある将軍塚という夜景スポットに到着した。男二人は消防士だった。ただの暇つぶしに誘っただけのよう。
寿はもともと、活発で話上手で、男にも慣れているようだった。和は、ほとんど話さず、聞いているだけだった。夜景はきれいだったけど、楽しかったかといえば、全く楽しくなかった。年頃から言えば、この出会いも楽しもうと思えば、それなりに楽しめたはずなのに・・・。自分には波長が合わないかな?そう感じた。それから一時間くらいして、男たちは、車で寮まで送ってくれた。そして、降りる時、電話番号を先輩に渡し「また、電話して」と言って帰って行った。
「先輩、あんなに簡単に車に乗っていいんですか?」和が言う。
「大丈夫、そうれより消防士なんていいやん」
寿は目を光らせた。
「でも、なんかあったら・・・」
「ハハハ、あんた真面目だね・・」と寿は笑う。
「今度は、ちゃんと飲みに行こう。こんな時もあるって、おやすみ~」と部屋へ帰っていった。こんな感じなのかな。和の初の夜遊びは終わった。
それから一週間ほどして、職場で寿に出会った。
「こないだの彼に電話したんよ」
「まじでぇ、それで?」
「今度、二人で会ってくるわ」
「いいんですか?先輩」
「何が?」
「いやーそんな軽く、その・・・」
「付き合いなんて、どうやって始まるかわからへんよ。うちだって、今彼氏いないし、フリーやからな」
「出会いって、そん感じなんですかね」
「まだ、付き合うなんて決まってないやん。何回か会って、決めたらいい。そうやろ?」
「まーそうですけど」
「また、どうだったか教えたるからな」と、肩をポンとたたき、去って行った。男がいないと生きていけないという女子がいるが、寿はそんな感じだろうか?和は、きっと自分はそんな感じではないと思った。昔から一人には慣れているし、どちらかと言えば、一人が気楽で好きだから。二週間くらして、寿は、例の消防士と付き合っているという。
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