第2話 旅立ち
いよいよ、出発の日。寮に入るため、布団やこたつなど持っていかなくてはいけない。家には車が無かったので、母の交際相手が自分の車で運んでくれた。
複雑な心境が行交った。これからの生活に不安を抱くのと、この人を見なくてすむという安堵感。荷物を下ろすと、母は「あとは自分で片付けなさい。生活しやすいように、自分で考えてしたほうがいいから。」と言い、母とその人は、さっさと帰ってしまった。車を見送る気にもなれず、寮の玄関で別れたあとの廊下で、賑やかな家族とすれ違った。もしかして、同期かな。ああいうのを家族っていうんだろうな・・・和はうらやましく思った。いつか、自分も幸せな家族をもつことが理想だった。自分が経験したことのない暖かな、穏やかな家庭を夢見ていた。こんな寂しい旅立ちの日になるなんて、廊下に響き渡る賑やかな声に自分の生い立ちをひがんだ。窓の外に見える、紅に染まりかけた新しい街に、不安と孤独を隠しきれず、和は部屋に帰ると、尾崎の歌を聞き、自分を勇気づけた。これまでの自分を変えるチャンス。これまでの自分を周りは誰も知らない。明日からの生活はきっと新しい自分になれる。そう言い聞かせた。布団と、カセットデッキ、コタツくらいしかない六畳ほどの部屋で、眠る今日は、長い夜になるだろう、空気は冷たく、天井が高く感じる。外を歩く酔っぱらいの声が聞こえた。前に居酒屋があるらしい。田舎ではない体験だ。その声に少しほっとしてまぶたを閉じた。
翌日、勤務先の病院でオリエンテーションがあり、同期が集められた。女子三人。同じ地方からやってきた亜希と、となりの町からからやってきた、輝美。三人はすぐに仲良くなった。三人とも春受験に失敗したらしい。
看護助手といっても配属される部署によって内容はさまざまだ。和は、内科・整形の混合病棟。亜希は手術室、照美は内科病棟とそれぞれ配置された。
病棟勤務の二人は、おむつ交換、食事介助、シーツ交換などが主、あとは看護師さんたちのメッセンジャー。つまり、伝票や検体などを言われた部署へ持って行ったり、患者さんを検査室まで移送したり。
手術室の亜希の仕事は、主に機械の洗浄や滅菌、消毒。物品の管理など。手術室の清掃などである。皆、慣れない環境で仕事は覚えないといけないし、勉強もしないといけない。病棟の二人は、夜勤が入ったりして、三人でゆっくり話したり、遊んだりする暇などなかった。それでも、三ヶ月ほどたつと、そのリズムに慣れてきて、少し余裕も出てきた。
夏も終わり、いよいよ、秋組試験が目前となった。院内で連日、勉強会が開かれた。そして、無事、三人は合格した。
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