「紅の街に明日を探して」

@mey

第1話 生い立ち

昭和六十四年、年が明け時代は昭和から平成へかわろうとしていた。京都府北部の冬の日本海は波が荒く、空と地平線の境が渦をまいている。冬の日本海は、砂浜が狭く、いつになく近くに感じ、耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、激しい波が踊り、時には恐怖さえ覚える。


バブル真っ只中。田舎の高校で一人の少女が卒業後看護師を目指し都会へ出ようとしていた。シンガーソングライター尾崎豊に憧れ、青春時代を彼の歌とともに生きた。


和は、幼い頃に父を亡くし、母子家庭に育った。十歳年上の兄には障害があり、母はそちらに手をとられ、和に関わる時間が少なかった。父を亡くしたのは、和四歳、兄は十四歳の時だった。母は三十七歳であった。


父の死から二~三年がたち、ある日から、男の人が家へ来るようになった。初めは、和が寝てから来ているようであったが、いつからか夕食時に来て、いっしょに食べるようになった。和は、息をひそめ、ふとんを頭からかぶり、耳をふさいで眠った。翌朝、起きた時にはその人はいなかった。そんな、生活が数年続いた。そしてその人は来なくなった。


和が中学生になると、今度は違う男の人が出入りし始めた。その寂しさと、イライラと自分の居場所を探すがごとく、彼女は、思春期に尾崎の歌にはまった。友達と尾崎の歌で盛り上がり、彼の本も読みあさった。毎日毎日、解決されることのない、誰にも言えない、どうしようもない心の行き場所を探し、尾崎の歌を聞いては落ち着かせた。和の部屋からは、松の木が見える。あの木で・・・と、幾度となく自分で自分を殺そうと思った。思っては、あきらめて繰り返し、いつかこの迷路から抜け出せる。自分は何を目指し、どう生きたいのか訳もわからず、ただ毎日が過ぎていくだけだった。やがて、高校生になり、母の気持ちを理解しようと考えた。しかし、それはとても困難なことだった。和はまだ、恋愛もしたことがなければ、人を好きになったこともない。どこか、億劫になっていたのかもしれない。人を信じるとか、友情とか、心から信頼するとか、そういうことに対して、どこか、冷めていたような感じさえある。高校生生活も何となく過ぎ、やがて進路を決めなくてはいけない時期にさしかかった。


母の口癖は、「手に職をつけなさい。そうすれば、何があっても生きて行ける。仕事にあぶれることはない。看護師なら生涯働くことができる」というものだった。まるで、自分の生活を振り返って言っているようだった。貧しかった生活と、母のなかば強引な説得に背中を押され、決して優秀な成績でない和は、しびしぶ、看護師になる決心をした。とりあえず、資格だけとって、辞めてもいし・・・


最終の担任との面談で、看護師になると伝えると、担任が言った。


「おまえ、本気で言ってるのか?看護師なんてそんなに簡単になれないぞ」


「え~まぁ、まじですけど・・・」


「もう一度、お母さんと話してこい、俺からも電話しとくから」


と言って、和の希望を聞かなかった。そして、次の日、再び面談。


「で、お母さんと話したか?」


「はい、看護学校を受けるということで」


「本当か?」


担任と進路指導が顔を見合わせた。あきれた表情で続ける。


「わかった、仕方ない。じゃ、落ちた時はどうするんだ?それも考えておくように」


「もう、考えてます。その時は、看護助手として病院で働きます。」


担任と進路指導が再び顔を見合わせた。しばらく沈黙のあとで、


「わかった。じゃあ、それで進めるとしよう、お前の成績では、厳しいからそのつもりでいろ」と、吐き捨てるように言葉を放ち、立ち去った。和は、周囲に無理だと思われながらもイチかバチか受験することになった。


 看護学校といっても、准看護師から始めるもの。当時は、病院に看護助手として働きながら学校へ通わせてもらうという資格の取り方が多かった。京都は特に、人気があり、九州や沖縄、四国の方からの進学者があり、倍率は高かった。病院は看護師不足で、学費を支払う代わりに、学校へ通った年数だけ、資格をとった後、働いたら学費の返還を免除するとうものだ。それで看護師不足を少しでも補おうとしていた。経済的に困難な家庭は、授業料を出してもらえて、看護助手として


働くので給料ももらえるため、助かったのだ。そのため、地方からその制度を利用して都会に出て行く学生が多かった。


和は就職する病院は決まったものの、看護学校の受験は失敗に終わった。これから、半年は働きながら、受験勉強して、十月の秋組の入試に備える。


平成元年三月、友達と別れるのは寂しいが、少しだけ大人になれるような気がして嬉しかった。まだ肌寒い、冬から春に少しだけ元気になった夕日が、空を紅色に染め沈んでいくのを友達と見送り、高校生活が終わった。



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