第8話 優しき想い
私は退職する前に担当する入居者に挨拶に行きました。
最初に、松下さんの部屋に行ったのです。
私はその時に涙を浮かべていたのかもしれません。
すると、松下さんがメモ帳に筆談で書いたものを私に渡してくれました。
・・・・・今日はどうしたのですか・・・・・
・・・・・どうして、涙を流しているのですか。・・・・・
私はびっくりしました。
私の心を見抜かれているような気がしたのです。
何も言えなかったです。
すると、さらに、同じくメモを渡してくれたのです。
・・・・・泣かないでください。・・・・・
・・・・・辛いことがあっても必ずいいことが待っていますよ・・・・・
私は松下さんの優しさに胸を打たれました。
・・・・・今日はゆっくり休んでください・・・・・
・・・・・明日はきっと心が晴れますよ・・・・・
私はびっくりしました、認知症の松下さんが私の気持ちを察してくれたのです。
明日も頑張ろうという気持ちになりました。
松下さんのおかげです。
この仕事をして、良かったと思いました。
私は松下さんに「ありがとうございます。」と言いました。
松下さんはうなずいていました。
私は決心しました、沢田さんの奥様に事情を話して謝罪することにしました。
自分の心の中を清算したかったのです。
事情を話すと沢田さんの奥様のショックを受けたようでした。
お金を貸したことも話すと、奥様も謝罪したのです。
本来ならば慰謝料を請求されてもおかしくないのですが、貸したお金のこともあり、
奥様とは和解しました。
これで、私の気持ちも少しは晴れたような気がしました。
松下さんのおかげです。
仕事は続けることにしました。
松下さんが、私に勇気を与えてくれたのです。
時は移り
僕は妙子さんを必死に探していた。
いろいろ、調べたんだ。
そして、ある会社に勤務していることがわかったよ。
小さな会社で勤めていた。
そして、会社の外で待っていたんだ。
「妙子さん。」
「松下さんじゃないですか。」
「ずっと待っていました。」
「僕も必死に探したんだ。」
「会えて良かったよ。」
「はい。」
「どこか、食事にでも行こうか。」
「はい。」
僕はこの瞬間を待っていたんだ。
「松下さん、もう、私を一人きりにさせないでね。」
「もちろんだよ。」
そして、その夜は妙子さんと一つになれたんだ。
妙子さんはどこまでも美しかった。
結婚も誓い合ったよ。
これが幸せというものかな。
しばらく、妙子さんと幸せな日々が続いた。
でも、それはつかの間だったよ。
僕達の時代はアメリカやイギリスと戦争をしていてね。
それが、次第に激化していって。
戦火が広がっていき、空襲が東京でも頻繁に行われるようになったんだ。
それはある日のことだった。
「妙子さん、空襲だよ。」
「早く逃げないと。」
すると、僕がいた建物の近くに爆弾が落ちて火事になり、僕は建物の下敷きになった。
「松下さん、大丈夫ですか。」
「妙子さん、いいから逃げて。」
「駄目です、なんとかしますから。」
「ここは危ないからいいから逃げて。」
「お嬢さん、ここは危ないよ。」
「松下さん、松下さん・・・」
「駄目だよ、お嬢さん、私と一緒ににげるんだ。」
「そうだよ、妙子さん。」
「必ず、生きてみせるから待っていて。」
「わかりました、私は松下さんを待っています。」
「必ず、生きて帰って来て下さい。」
「約束ですよ。」
「ああ、わかった、いいから、早く逃げるんだ。」
「はい。」
妙子さんは通りすがりの人と一緒に逃げて行った。
僕は奇跡的に助かったのだけど、東京は焼野原だったんだ。
そして、妙子さんを必死に探したけど見つからなかった。
どこに行ったんだ。
生きているんだろうか、そう思ったよ。
どうか、妙子さん生きていてくれ、僕は生きている事を願った。
戦争も終わり、僕は生きていくのに精一杯だった。
僕の家族はみんな空襲で他界してて悲しかったよ。
身寄りがいない僕はなんでもした。
それは妙子さんとの約束を守るためには仕方なかったんだ。
生きていくために盗みもした。
でも、ある時に警察に捕まってしまって刑務所に入ることになったよ。
ごめんね、妙子さん。
もう、会えないかもしれない。
僕が間違っていたよ。
妙子さん、会いたいよ。
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