第6話 待ち人

「うううううう」


「どうしました、村路さん。」


村路さんは前にもお伝えしたように寝たきりの状態です。

普段は発声すらしないのに珍しく何かを語りかけました。

それは言葉になりません。

その後に、顔を窓の方に傾けました。

窓にはトンボが止まっていたのです。

トンボを見て震えながら涙を流されていました。

何かあったのでしょうか?


松下さんといえば、最近は徘徊が特に多くなってきました。

何かを探しているような感じがします。


私は未熟です。

二人の力になってあげたい、いつもそう思いつつ、何もできません。


それもですけど、最近は苦しくてたまりません。

沢田さんの事を想うと私は奥様に悪いことをしているようで、自分を責めてしまいます。

やはり、別れるべきなのかしら。

そう思うのです。

でも、沢田さんのことを好きでたまりません。

毎日のように沢田さんの夢を見ます。

優しい笑顔で私に語りかけてくるのです。


それに・・・

もう、私と沢田さんは男女の関係になってしまいました。

複雑な気持ちでいっぱいです。


そこに現れたのです。

それは、私が事務室で仕事の準備をしている時でした。


「すみません、沢田と申しますが主人はいますでしょうか?」


それは、まさに沢田さんの奥様だったのです。

とても綺麗な方でした。


「今、施設内におりますが・・・」


「ああ、あなた様が清河さんですね。」

「いつも、可愛い上司がいると聞かされているんですよ。」

「これからもよろしくお願いします。」

「それでは、主人がお弁当を忘れたので渡していただけませんでしょうか?」


「はい・・・」


私は地獄に突き落とされたような気持ちになりました。

どうして、私が上司なの・・・

それに、奥様の左手には結婚指輪が輝いていたからです。

でも、どうして、沢田さんは結婚指輪をしていないの?

私は信じられれない気持ちでした。


「沢田さん、奥様からお弁当を預かりました。」


「ああ、ありがとう・・・」


私の目には沢田さんが動揺している様子が伺えました。


「沢田さん、どうして、結婚指輪をしていないのですか?」


「それは・・・」

「ほら、介護の仕事に邪魔になるから外しているんだよ・・・」

「僕が愛しているのは清河さんだけだから。」


「本当ですか?」


「ああ、もちろんだよ。」

「僕を信じて。」


「はい。」


それが、過ちでした・・・



時は移り



僕と妙子さんは話し合った上で東京で一緒に働こうということになったんだ。

僕は時期がきたら結婚を申し込むつもりだよ。

恥ずかしいけど言い出せるかな?

先日、卒業式が終わって今から東京へ妙子さんと向かうんだ。

もちろん、一緒に行くんだよ。

そして、就職先を探さないとね。

住む場所も探さないといけない。

同棲はよくないから、それぞれ違う借家をみつけないとね。


「松下さん、そろそろ駅へ行きましょう。」

「準備は出来ましたか?」


「ああ、出来たよ。」

「一緒に行こう。」


「はい。」


「よし、駅に着いた、出発までしばらく時間があるね。」


「はい。」


「東京についたら、何の仕事があるかな?」


「そうですね、私は事務員として働きたいです。」

「松下さんは?」


「僕は頭が悪いから土木関係の仕事を探そうかな。」

「妙子さんと近くに住めたらそれだけでいいよ。」


「私も同じ気持ちです。」

「松下さんがそばにいてくれれば、それだけで頑張ることができます。」


「東京行きの列車発まで20分はあるね。」


「そうですね。」

「松下さん、ほら、蝶が駅内に舞い込んできました。」


「捕まえてあげようか。」


「駄目ですよ、あまり時間がありませんよ。」


「大丈夫だよ。」

「あ、外に向かった待っていて。」


「はい、時間がないですからね。」


「わかったよ、すぐ帰って来る。」

「じゃあね。」


「はい。」


僕は走って蝶を追いかけたんだ。

だって、いつか蝶を捕まえると約束していたからね。


「ほら、お嬢さん、そろそろ、東京行きの列車が出発するよ。」


「駅長さん、まだ、時間があるじゃないですか。」


「ああ、申し訳ない、時計が少しばかり狂っているんだ。」

「ほら、2番乗り場だから、急ぎなさい。」


「でも、連れの人がいまして。」


「大丈夫だよ、私が教えてあげるから、ほら、行きなさい。」


「はい。」


蝶は捕まえることができなかった。

それが僕らの運命を狂わせてしまったんだ。


「あれ、駅長さん、ここに座っていた人は?」


「ああ、君か、急ぎなさい、列車が出発するから。」


「ありがとうございます。」

「確か、東京行きは3番乗り場だったな。」


「あ、君、そっちじゃないよ。」


その声が慌てていた僕には聞こえなかった。


「妙子さん、どこにいるのかな?」


「松下さ~ん、こっちの列車です。」


「えええ。」


シュ、シュ、シュ、ボー


「あああ。」

「妙子さん。」


「東京駅で待っていますから。」

「必ず、待っていますからね。」


「わかった。」

「待っていてね」


「はい。」

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