第5話 月明かりの蝶

「ああああああああ」


妙子さん、妙子さん。


松下さんが今日も窓の外から夕日を見ています。

今日は涙も流しています。

私は何をすることもできません。

せめて、松下さんの気持ちがわかってあげられたらいいのに。

未熟な私にはわかりません。

でも、なんだか同じような気持ちがするのです。

不思議ですよね。


相変わらず、沢田さんは私に優しくしてくれて、困った時は助けてくれました。

あの夜から、ずっと罪悪感に苦しんでいます。

私はこのままでいいのかな。

眠れない日もあります。

沢田さんを想うと幸せでたまりません。

このまま、時が止まってしまえばいいのにと思います。

でも、それではいけないですよね。

幸せと苦しみが一緒に歩いています。


そんな時でした。

ある日、食事を沢田さんと共にしていると、沢田さんが私に相談してきたのです


「清河さん、実は相談があるんだ。」


「それは何でしょうか?」


「実は母が病気で手術をしなければいけないんだけれども費用がなくてね。」

「10万程度、借りることができないかな?」


「そんな、病気は何でしょうか?」


「どうやら、癌らしくてね。」


「癌の治療費は高いと聞いています。」


「実はそうなんだよ。」

「でも・・・」


「私の預金を使ってください。」

「100万はあります。」


「いや、それは悪いよ。」


「いえ、沢田さんのためなら、私は何でもお手伝いしたいです。」


「申し訳ない、では言葉に甘えさせてもらおうかな。」


「はい、仕事が終わったらお金を出金してきます。」


「ありがとうございます。」

「清河さん。」


しかし、これは沢田のある種の詐欺行為だったのである。

目的はギャンブルに使うために借りたのだった。

それがゆえに、清河に近づいていたのだ。


それに対し清河は、今まで苦労してきた預金をほぼ全て出金してきたのである。

沢田を想えばのことであった。


私は沢田さんの力になれるだろうか?

お母様の病気の治るといいのだけど。


清河はどこまでも純粋であった。



時は移り



それは雨が降っていた時のことだったんだ。

僕は朝は曇りだったせいか傘を忘れていって。

妙子さんの傘で二人仲良く帰っていた時のことだった。

ようやく雨が止んだと思ったら、帰りの向こうに虹が広がったんだ。

とても、きれいだったんだよ。

すると、一匹の蝶が虹の向こうに飛んでいって。

妙子さんは蝶の美しさと可愛らしさに惹かれて走っていってね。

僕も追いかけていったんだけど、蝶は虹の向こうに飛んで行ったんだ。


「松下さん、いつか蝶を捕まえて下さい。」

「可愛らしい蝶ですよ。」


「ああ、わかった。」

「約束をするよ。」


「本当に約束ですよ。」


「でも、難しいな。」


「私のことが好きならば必ず捕まえてくださいね。」


「ああ、約束するよ。」

「いつか、必ず可愛らしい蝶を妙子さんにプレゼントするからね。」


「そういえば、今日の夜に会ってくれませんか?」

「駄目ですか?」


「わかった、なんとか家を抜け出てくるよ。」


そして、夜を迎えて


「待っていました。」


「ごめん、遅くなって。」

「こっそり、抜け出さないといけなかったから。」


「私もそうでした。」

「でも、松下さんを信じて待っていました。」


「ありがとう。」

「そういえば、今日は月がきれいだね。」


「月だけですか?」


「それはどういう意味かな?」


「もう、帰ります。」

「松下さんは鈍感です。」


「あ、待って。」

「妙子さんの髪に蝶がとまっているよ。」

「じっとしていて。」

「でも、蝶がとまっていて妙子さんは・・・」


「私がどうしたのですか?」


「いや、僕も蝶になりたいなって思って。」


「松下さんは、もう、私のもとにとまっていますよ。」

「私の心の中にとまっています。」


僕は恥ずかしくてそれ以上は言えなかったんだ。


「どうして、松下さんは黙っているのですか?」


「いや、妙子さんの髪にとまっていてきれいだなと思って。」


「またですか?」

「蝶がきれいなんですか?」


「そんな恥ずかしいことを言わせないでくれよ。」


「松下さん、私のことを想っていますか?」

「そう思っているなら・・・」

「優しく抱きしめてくれませんか?」



「ありがとうございます。」

「今日の日は忘れません。」

「松下さん、どうして黙っているの?」

「本当に恥ずかしがり屋さんなんだから。」


「ちょっと待っていてね。」


「どうしたの、松下さん。」


「ほら、さっきくる時にきれいな花を摘んできたんだ。」

「これを、妙子さんにあげるよ。」

「僕の気持ちだよ。」


「ありがとうございます。」

「本当にきれいな花ですね。」


「僕は口下手だからごめんね。」

「このくらいしかできないんだよ。」


「大丈夫です。」

「松下さんの気持ちが伝わってきました。」


「ほら、今度は花の上に蝶がとまったよ。」


「本当にかわいいですね。」


「捕まえたいけど、この時間がもったいないね。」


「そうですね。」

「しばらく、眺めましょう。」


「月明かりがきれいにささやいているね。」


「はい。」


僕は妙子さんと過ごした時間が夢のようだった。

でも・・・

蝶はしばらくしたら飛び去っていった。

それが僕達に何を意味するのか

この時はわからなかったんだ。

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