第3話 葛藤

グループホームでのたんぽぽ棟は認知症の方が徘徊することが多かったのです。

ある日のことでした。


「沢田さん、松下さんが棟内に見当たりません。」


「他の棟も探そう。」


「はい。」


私達は全ての棟を探したがどこにもいませんでした。

しかし、庭を探したところ花壇のところにいたのです。

棟から外出する時は届けが必要であったのですが、それもなく、そもそも認知症の方は付き添いがないと外出できないようになっていたのです。


「松下さん、心配しました、どうして外に出たのですか?」


「あああああ」


松下さんはなぜか悲しそうでした。


「まあ、取り合えず見つかったからよかったよ。」


「そうですね、沢田さん。」


「目を離した僕達に責任があるんだから。」


「私が油断したばかりに。」


「清河さん、自分を責める必要はないよ、誰でも完全に仕事ができる訳じゃないから。」


「そう言っていただけると救われるような気がします。」


「それより、今日も夕食に一緒に行こうか。」


「今日もですか、やはり奥様に悪いです。」


「気にしない、気にしない。」

「僕も妻も互いに愛情はないから大丈夫だよ。」


「いいのですか?」


「ああ、僕は清河さんと一緒に食事がしたいんだ。」

「清河さんは僕のことをどう思っているの?」


「とても頼りになるし、素敵な方だと思っています。」


「それなら、行こう。」

「断る理由はないよ。」


「わかりました。」


私は罪悪感を持つ一方で沢田さんと一緒にいられるのがうれしかったのです。

そして、楽しいひと時を過ごしたのでした。


翌日


「ああああああ。」


「どうしたのですか?」

「松下さん、窓の外から眺めて。」


松下さんの目は寂しそうな感じで、どこか遠くを見つめているようでした。

私はいつものように身の回りのお世話をするのですけど、元気がありません。


ひまわり棟には私が担当する村路さんという女性が入居されており寝たきりの方でした。

体を動かすこともできず、毎日のように天井を見つめているだけです。

毎日、オムツ交換や体位交換などをしたりしています。

村路さんを見ていると、いずれは私もそのような状態になるのかもしれないと思い複雑な気持ちになります。


村路さんは腎臓が悪いようで顔色も悪く腕も細く骨だけのようにも見えます。

若い頃が想像できないくらいに顔もくしゃくしゃになっています。

介護の仕事は体力も必要で辛いですが、私は村路さんを見る度に気持ちが沈んでしまいます。

話によると余命も長くはないようです。

身寄りもなく可哀そうでたまりません。


時は変わり


僕はそろそろ、野村さんに本当の気持ちを伝えるべきだと思い始めたんだ。

妙子さんの親友だけど、仕方がないよね。

でも、どうやって言えばいいんだろう。

きっかけがないからね。

それは突然現れたんだ。

高等学校の遠足のことだった。


「松下さん、私がお弁当を作ってあげる。」


「野村さん、それは・・・」


「私も作ってあげるのよ。」


「妙子さん・・・」


「私のお弁当の方が妙子のお弁当より美味しいのよ。」


「そんなことはないわよ。」


「待って、二人とも喧嘩はやめて。」


「松下さん、ちゃんと自分の気持ちを伝えないと駄目よ。」


「そうだね・・・」

「野村さん、実は僕と妙子さんは交際しているんだ。」


「松下さんの馬鹿。」


「待って、野村さん。」


「仕方ないでしょ、松下さん。」

「松下さんは優し過ぎるのよ。」

「私と野村さんは今からも親友だから心配しないで。」


「それだといいけど・・・」


「大丈夫よ。」


僕は野村さんの気持ちを考えると辛かった。


「松下さん、元気がないわよ。」

「この間も言ったけど心配ないから。」


「それだといいけど・・・」


数日後


「松下さん、一緒に帰りましょう。」


「野村さん。」


「私は妙子に負けないから、友達だったらいいでしょ。」

「友達にもなってもらえないの?」


「野村さん、駄目よ。」


「妙子は黙っていて。」

「仲良く三人で帰ればいいでしょ。」

「ね、松下さん。」


「それは・・・」


「わかったわ、じゃあ、三人で仲良く帰りましょう。」

「でも、野村さん、松下さんと私は交際しているのだけはわかってね。」


「わかってるわよ。」


こうやって、複雑な関係が続いたんだ。

どうして、僕ははっきりしない男なんだろう。

情けないよね。


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