第3話 男子寮三階

 豪を引き連れた二人は当初の予定通り、寮の探索に向かった。飛白のペンをどれくらいの生徒がもっているか、その調査方法も考えねばならない。


 寮の敷地に立つ巨大な門を潜る。消灯時刻までまだ間がある。ベンチや芝生に座り込んでおしゃべりしている学生などもちらほら見える。

 そのなかの一組に加わっていた亜依に見つかった。立ち上がり小走りにやってくる。


「会長、豪先輩、外に出てたんですか?」


 誰よりも規則を守るべき生徒会長が夜間外出していたという事実は、亜依の大好きな噂話のネタになる。


「あ、あ、亜依さん。こんばんは」


 一瞬で真っ赤になった豪が、うわずった声で暢気に挨拶する。


「こんばんは、豪先輩。外でなにをしてたんですか?」


 亜依にとっては事情聴取だが、豪にとっては楽しいおしゃべりの時間なようで、笑顔で口を開く。


「少し、探し物を。謎とき……」


「捜査だ」


 体の大きな豪の陰で見えなかった魔樹が前に出ると、亜依の目が丸くなった。


「魔樹! 忍び込んでたの?」


「大きな声を出すな」


 亜依は豪の横をするりとすり抜けて魔樹の腕にしがみついた。真っ赤だった豪の顔が腹立ちのためにますます赤くなる。魔樹を見つめる亜依は、豪の表情の変化には気づかない。


「なにをするの? 私も手伝うよ」


「必要ない。私たちが向かうのは男子棟だ。おとなしく自分の部屋に戻れ」


 ぶうっと頬をふくらませてみせた亜依が慧に視線を向ける。


「会長、私も連れて行ってください」


「無理だよ。男子棟に女子は入れません」


 今度は豪に笑顔を向ける。


「お願い、豪先輩。一緒に行きたいんです」


 豪がとろけそうな顔で亜依を見つめる。


「会長、少しならいいんじゃないでしょうか」


 ちらりと慧に遠慮がちな視線を送る豪に、慧は厳しく言う。


「だめだよ、少しでも。女子が男子棟に一歩でも入れば注目の的だからね」


 亜依は魔樹を指差して「これだ!」と叫ぶ。


「私も変装します! 待ってて!」


 そう言うと、亜依は男子棟の一棟に向かって駆け出した。豪はポカンと亜依の背中を見送る。


「結局、男子棟に行ってしまった……」


「思いきりがいいね」


 苦笑いする慧に、魔樹は腕組みして「笑いごとじゃない」と呟く。


「亜依が暴走して被害にあうのはたいだろう」


 想い人の情報を、魔樹がさらりと口に出したのが面白くないらしく、豪は顔をしかめた。慧はそれを完全に無視して魔樹に向き合う。


「亜依さんの弟ですね、泰くんは。被害が出るっていうなら、助けに行った方がいいんじゃないかな」


 魔樹は深いため息をついた。


「そうだな。亜依を放置していたら、泰がかわいそうだ」


 そう言う魔樹をみんなの目から隠すために、慧が前に立って歩き出す。


「十一歳組の話を聞くのも悪くないかもしれないよ。どちらにしても目指す十歳組の部屋へは十一歳組のフロアを抜けていくしね」


 慧と豪の陰に隠れるように移動しながら魔樹が同意する。


「そうだな。低年齢の方が学園の噂をよく知っているときもある」


 意見がまとまり、三人は寮の階段を上っていく。


「豪、君は来なくていいんだよ」


 輝くような笑顔で慧が言うと、豪は無駄に力む。


「いえ! 俺もお手伝いします! 会長のお役に立ちたいので!」


「亜依の役に立ちたいの間違いだろ」


 ぼそりと言った魔樹の声は聞こえなかったらしく、豪は力み、肩を怒らせてついてきた。


 二千人ほどの学生が暮らす寮は広大な敷地に六棟に分けて建てられている。女子棟、男子棟、それぞれ三つ。四階建てでワンフロアにそれぞれ一学年ずつが暮らしている。

 十歳の子どもたちは最上階、十一歳は三階と下に行くほど年齢が上がる。万が一、侵入者が入り込んだ時の防犯のためで、一棟と二棟の一階には、教師の個室が並ぶ。

 三階の廊下に進むと、居合わせた子どもたちが緊張した面持ちで生徒会長の慧を見つめた。


「こんばんは。消灯時間に遅れないように部屋に戻ってね」


 子どもたちに挨拶しながら奥へ進み、なぜか人だかりがしている泰の部屋のドアをノックした。


「今、だめです」


 返事が聞こえると、魔樹がドアに顔を近づけて低めた声を出す。


「泰、私だ。亜依が来ているだろう。開けてくれ」


「魔樹さん?」


 ドアはすぐに開いた。


「助けてください!」


 涙目の泰の頭を撫でてやってから魔樹は部屋に足を踏み入れた。すぐに振り返って「君たちは外で待ってくれ」と言い置きドアを閉める。


「亜依、男性の前で裸になるのは、いかがなものかな」


「男性って、泰のこと? 弟なんだもん、いいじゃない。下着は着てるんだし」


 泰はドアに顔を押し付けるようにして亜依から目をそらしている。


「姉さんは常識がないよ。十歳過ぎたら兄弟だって他人だよ」


 亜依はツンとそっぽを向いて泰のクローゼットから男子の制服を引っ張り出した。


「男子の制服を着ても連れていかないよ、亜依」


「連れて行ってくれなくても、ついていくもん」


 腕組みしてドアに凭れかかり、魔樹は軽いため息をついた。


「その長い髪はどうするつもりだ?」


 当然の指摘だが、まったく考えていなかった亜依は「う」と唸って動きを止めた。


「それにピンクの髪は学園に一人だけ。男子学生みんなのアイドル、亜依だと一目でわかる」


「アイドルなんかじゃないもん」


 ムッとむくれたが、亜依はそれ以上の反論が出来ず、着替えの手を止め、ベッドに座り込んだ。


「姉さん、やめてよ。そこはかずのベッドだよ」


「あんたのは、どれ?」


 泰はしぶしぶといった様子で、四つ並んだベッドの一つを指さす。亜依は移動して泰のベッドに寝そべった。


「あーあ。私も魔樹みたいに、かっこよかったらな」


 亜依が大人しくしていてくれそうだと判断して、言われた通りのかっこいい笑顔を見せた魔樹は部屋を出た。


 ドア前にいた子どもたちは慧が解散させたようだ。残っているのは十歳組の三人だけだった。


「この子たちは?」


 魔樹のするどい表情に緊張した子どもたちは、慧にちらちらと救いを求める視線を送る。慧は安心させようとにっこりと笑顔を見せてやる。


「亜依さんのファンだよ」


「そうではなく、なぜ残っているのかと聞いたんだ。十歳組の猫と鳥の子たちだろう」


「聞かなくてもわかってるなら、話が早いですね」


 ちらちらと泰の部屋のドアを見て亜依が出てこないかと期待している豪の肩を慧が押した。


「豪、僕の代わりに三棟の点呼をお願いするね」


「会長は、どうなさるんですか」


 至極まじめな顔で慧は「秘密」と言って、豪をぐいぐい押し出した。


「さて、君たちに聞きたいことがある」


 魔樹は出来るだけ子どもたちを怖がらせないようにとしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。


「君たちの友達でいなくなった子がいるね。いなくなる前になにか変わったことはなかったかな」


 子どもたちは顔を見合わせ、誰から話すかと様子をうかがっている。魔樹は右端の子どもに顔を向けた。


「君は猫組? 鳥組?」


「僕は鳥組です」


「じゃあ、すみさわせんを知っているだろう。りんと仲が良い」


 ファイルで確認した失踪した子どもの名前を出すと、鳥組の子どもは、おずおずとうなずく。


「最近、なにか変なところはなかっただろうか。四人だけでなにか話していたりとか、コソコソしてたとか」


 鳥組の子は目を丸くした。


「どうして知ってるんですか?」


「そういうことがあったんだな。どんな感じだったか、教えてくれるか?」


 こくりと頷いて、魔樹の目をしっかり見つめて話し出す。


「四人で教室の隅で小さな声でしゃべってることが何回もあって。話しかけたら怖い顔で『あっちに行け』って言われました」


「他には?」


 少し考えてから「わかりません」と首を横に振った子に、飛白から受け取ったペンを取り出してみせる。


「これを見たことはあるかい?」


 またこくりと頷く。


「あっちに行けって言われたときに、沢が持っていて、ポケットに隠しました」


「君は、このペンをその他の場所で見たことはあるかな」


「ないです」


 頷いて、魔樹は鳥組の子の頭を撫でてやった。


 猫組の子の話も、ほぼ同じ内容で、魔樹は二人を部屋に帰した。消灯時間ギリギリになったが、三人目の子どもにはどうしても話を聞かなければならない。


「歩武と同室だね。彼がいなくなった時のことを話してくれ」


 何度も聴取されたのだろう、十歳にしてはしっかりとした話し方で、当日の様子を語りだした。


「歩武は最近、ずっとペンをいじっていました。さっき、先輩が持っていたのと同じものです。あの日も部屋でペンをいじっていたんですけど、突然『分かった!』って叫んで、僕と、同室の二人を部屋から追い出したんです」


 先を促すように魔樹は黙ってうなずく。


「部屋を追い出されるとか、無理やり買い物に行かされるとか、しょっちゅうで慣れっこだから、僕たち部屋の外でずっと待ってたんです。でも、いつまで経っても歩武が出てこなくて。消灯時間ぎりぎりまで待って、ノックしたり、名前を呼んだりしました。でも出てこないし、声も聞こえなくて。点呼で先生が来て、先生も歩武を呼んだんですけど、返事がなくて。先生がカギを開けて部屋に入ったら、歩武がいなかったんです」


 一気にしゃべり終えた少年に、魔樹が尋ねる。


「そのとき、窓にも鍵がかかっていたんだな?」


「はい」


「他には、なにか変わったところはあったのか」


「歩武のクローゼットが開けっ放しになっていて、鏡がすごく汚れてました。白く曇ってて」


 寮の作り付けのクローゼットは一人に一台用意されている。扉を開けると、内側に姿見が取り付けられている。


「歩武は掃除をさぼってたのか?」


「掃除はちゃんとしてました。朝の清掃はさぼらないから……、あっ」


 少年は勢いよく顔を上げて魔樹を見つめる。


「絵描き歌!」


 魔樹が見つめ返すと、少年の口調が早くなった。


「掃除のとき、僕、絵描き歌を歌ってたんです。そしたら歩武が怖い顔して歌詞を教えろって言ったんです」


「絵描き歌というのは、街で流行っているというものか」


「そうです。謎を解いたらすごいことが起きるって聞いて、ずっと考えてるんですけど、わからなくて。でも歩武はなにか分かったみたい」


「歩武はなにか言っていたのか?」


 少年は首を横に振る。


「僕が聞いても教えてくれなくて、でもニヤニヤ笑ってたから」


 さらに話を聞こうと口を開きかけた魔樹がピタリと動きを止めた。慧がいぶかしんで声をかける。


「どうしたの、魔樹?」


「鳴子が鳴った。来斗だ」


 ジャケットの内ポケットから鳴子を取り出し、手のひらに包むようにして顔に近づける。

 都市伝説の調査をしていた【ターコイズ】の来斗の声がかなり大きな音量で聞こえる。珍しく、かなりの魔力を鳴子に注ぎこんでいるらしい。


「魔樹、分かったよ! 消えた子たちはみんな絵描き歌を解いたんだ! 僕ももう分かった。これから試してみるよ」


「よせ、来斗!」


 思わず魔樹が叫んだが、魔力が使えない魔樹にとって、鳴子は一方通行だ。来斗に声は届かない。魔樹は十八歳組のフロアがある三棟に行くため駆けだした。

 背後でドアが開き、男子の制服を着こんだ亜依が廊下に顔を出した。


「魔樹、どこに行くの?」


「亜依は来るな!」


 鬼気迫る様子の魔樹を放っておけず、亜依は後を追って駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る