第52話 紀行文パート~ラサ・アプソ山村奮闘記~

〈バーニーズ山脈を超えて、北側に広がっていたカバリア大草原の、今はちょうど中間辺りまできただろうか。


 山脈の麓で出会った遊牧民たちが言うには、ここから先は筆者たちとは進む方向が違うとのことだった。彼らとの移動生活もどうやらここまでのようだ。


 ほんの数日のことだったが、共に遊牧生活を送った旅人には礼を尽くすというのが彼らのならわしだそうで、今晩は筆者ら一行の為に盛大に宴を開いてくれるらしい。


 広大な草原の民らしく、何者でも受け入れるその懐の広さには、筆者もただただ感動するばかりだった。


 遮るものは何もない見渡す限りの大草原。ふと顔を見上げれば、どんな宝石をどれだけあしらわれた高級ドレスよりも美しい、無数の星が散りばめられた自然の天幕を独り占めだ。


 旅を始めた時から、カメラを持ってきていないことをずっと後悔していたのだが、いま目の前に広がるこの満天の星空は、しっかりと筆者の目に焼き付いたことだろう…………。


【ラサ・アプソ村】

 バーニーズ山脈のカバリア大草原側の中腹部に位置する、人口百人弱の小さな山村。一年の内にほとんど毎日のように降雪があり常に雪に覆われているため、村民の服装や家屋の造りにも雪国独特の特徴がある。


 特に家屋の屋根には降雪に耐える為の工夫として、バーニーズ山脈各地に群生している「エドモサ」や「サルーキ」という、節目がよく通り耐水性にも優れた木材を使った独自の建築技術が組み込まれていた。


 村の生活は基本的には自給自足で、地形的な要因もありあまり外部との交流はなされていないようだが、バーニーズ山脈を超える旅人や、ラサ・アプソ村周辺に点在する古代ポメラニア文明時代の遺跡を調査する学者などが時折村に立ち寄ることもあることから、少ないながらも一応宿屋や酒場といった村外から来る人たち向けの施設もある。


 筆者らもレークランドを目指してバーニーズ山脈を超える際、数日間この村に滞在させてもらった。村民たちは皆よそ者の筆者らにも温かく接してくれて、村で作られているチーズにも似た固形乳製品を使った郷土料理も素晴らしく美味であり、厳しい環境ながらもとても居心地の良い村だった。


 唯一苦労した点を挙げるとするならば、村民たちとのコミュニケーションである。山村という性質上やはりそれなりに閉鎖性が強いようで、それゆえ村ではアイベル公用語と土着の言語が混ざったような非常になまりのひどい言葉が使われている。


 その上、口を長く開けていると冷気で肺を痛めてしまうからか、村民たちはなるべく言葉を短縮する癖がある。結果、聞き取り辛い上に短すぎる言葉を情け容赦なく使用してくる村民たちとの会話は、わかりにくいというレベルではなくもはや解読不可能な域であった。


 村外から来る者たちと多く話す機会がある為、ある程度はしっかりとした公用語を扱えるラサ・アプソ村長夫妻の存在は、名実共にこの村の支柱になっていると言えよう――――


【古代ポメラニア文明】

 アイベル大陸の、特に現在のペンブローク王国地域を中心として栄えたと言われている古代文明である。


 ペンブローク王国各地で古代ポメラニア文明時代のものと思われる遺跡が発見されており、またそれらの遺跡が地層年代的にかなり離れた二地点から見つかった例もいくつか報告されている為、ペンブローク王国を中心としたかなり広い範囲を、比較的長い期間に渡って支配していた一大帝国だったとする説が有力のようだ。


 筆者もバーニーズ山脈の麓にある古代ポメラニアの洞窟遺跡に描かれていた壁画文字の調査、解読を試みたのだが、継続的かつ広域的な調査を行えなかったこともあり、残念ながら読み取った文言の内容を全て解き明かすまでには至らなかった。


 しかし、古代ポメラニア文明時代の古文書の中で、古代ポメラニア人に主神と崇められているらしき神の名前が七十柱以上は確認でき、それぞれの信仰形態や祭祀の執り行い方にも一貫性が無い印象を受けた。


 あくまでも仮説に過ぎないが、古代ポメラニア文明というのは一つの大帝国などではなく、ひょっとしたら数多の中小文明を内包した連合国家だったのかも知れない――――


 ………早いもので、この紀行文も気付けば八割ほどが埋まっていた。私が〈アイベル大陸〉を旅する際に身に着けた例の「スキル」のお陰か、当初想定していたよりも早く本書を完成させることができそうだ。


 地図によればあと数日でいよいよ当面の目的地であったレークランドに辿り着くらしいので、おそらくはそこが今回の筆者の旅の終点になるだろう。


 最後の街では、どんな旅が筆者を待っているのだろうか…………。

                   大陸歴五〇××年 オデムの月 十八日〉

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