第47話 特効薬の最後の材料は…

マズいと思った時にはすでに遅きに失していた。

何のことだかわからずきょとんとしているリアに、おしゃべり好きな村長夫人はぺらぺらと一部始終を語り始めてしまう。


「それがね、リアちゃんが倒れちゃったあと、しばらく私がベッドのそばで様子を見ていたのよ。そうしたらリアちゃん、寝言で言ってたのよね。『早く村の人を助けなきゃ……』、『私は《調合師》なんだから……』って。それを聞いたそこの彼がね

「ちょっと、おばさん……」


 慌てて話を止めさせようとするも、村長夫人の口は油でも飲んでいるのかというくらいよく滑る。まったく聞いちゃくれない。


「『こんな女の子が体を張って頑張ってるんだから、俺もダラダラしてられない』って言って、それからもう凄いのよ? 何だかよくわからないけど、本当に沢山の本や紙束を一所懸命に読み漁ってね。リアちゃんが起きるまでには何とかしてやるんだ、って頑張ってたわぁ」

「……そう、なのですか?」


 心底驚いたといった表情で、リアがこちらに振り向いた。


「はぁ……よくないなぁ。それは言わない約束でしたよね、おばさん?」


 あ~もう。恥ずかしいからリアには内緒にしてくれって頼んどいたのに。中年女性というのは地球でも異世界でも、やっぱり口が軽いきらいがあるらしい。


「ふふふ、リアちゃんの為に頑張る物書きさんを見て、私も昔の主人を思い出しちゃったわ。いやぁ、若いっていいわよねぇ」


 照れ臭さに頭を掻いている俺をよそにそう言うと、村長夫人は何を勘違いしているのか「それじゃ、あとはごゆっくり」なんて口走り、そそくさと一階へ戻っていった。


 あとに残ったのは、実に気まずい沈黙。

 壁の掛け時計のカチコチという音だけが、静かな研究室に響き渡る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 あのオバハン、許さん。

 どうすんだよこれ! どうしてくれるんだよこの空気! 恥ずかしさと気まずさでどうにかなってしまいそうだ。


 っていうか、リアもリアで何か喋ってくれよ。何なら普段通りの毒舌でもいいからさ。


「……あの、リアさん?」


 耐え切れずに、俺から切り出す。

 リアは一瞬ピクッと肩を震わせると、それから蚊の鳴くような小さい声を漏らした。


「シバケン君が……リアのナイト、ですか……」

「い、いや、あれはただ単におばさんが勝手に言ってるだけだから、気にすんなって」


 どちらかと言えば「ナイト」じゃなくて「ニート」って言った方がより正鵠を射ているんだよなぁ……うん、まぁ、自分で言ってて悲しくなるが。


「……ふ、ふふ……ふふふ」


 しばらくの間、伏し目がちになって何事か考えていたリアが、不意にその口から可愛らしい笑い声を発する。それは、出会ってからリアが初めて見せた笑顔だった。


「に、似合わないにも……ほどがあるのです。ふふふ、白馬に乗って立派な鎧に身を包んだシバケン君……ぶふっ」


 想像するだによほどおかしかったのか、ついには吹き出してしまった。


 おい、そこまで笑わなくてもいいだろう。俺も概ね同意見だけれども。


 溜息と共に、俺は作業台前を離れる。

 飲まず食わずでぶっ続けに作業していたので、さすがに喉がカラカラだ。さっき村長夫人が持ってきてくれた水を飲もうと手を伸ばす。


「でもまぁ、とにかく大事なくて良かったよ。あともう少しすればジャックたちも帰ってくるだろうし、明日に備えて、今日はもうこの辺で看板といこうぜ」

「あの……シバケン君」

「んあ?」


 コップに注いだ水を一気にあおる俺に、リアがその焦げ茶色の髪を指で弄び、同じく焦げ茶色の尻尾を時折ユラユラと揺らしながら、目線を少し斜め右下辺りに向けた。


「あの……その……あ、ありが――」

「おっと、待ちな。お礼なら、もう少しだけ後にしてくれ。まずは薬を完成させなきゃな」


 言い掛けたリアを手で制し、俺は彼女の眼前で意味ありげに作業台を指差した。


「え? ……ま、まさか、わかったのですか!? 最後の材料、かつて〈ドレイハウングの丘〉から持ち帰られたとされる例の『木の実』のことが!?」


 俺は散乱している紙の海の中から、一番手前にある、ついさっきまで解読していた最新の一枚を手に取った。


「俺には医術薬術のことはさっぱりだけど、でも〈ドレイハウングの丘〉から持ち帰って来たっていうならそれ以外の分類の本……例えば交易とか旅の記録とかを探せばそのことについて書かれているかも知れない、って思ってさ。〈ドレイハウングの丘〉って単語が出て来る部分を片っ端から紐解いていったんだ」

「そ、それで……?」


 じれったそうに先を促してくるリアに、俺は確かめるように尋ねた。


「なぁリア。〈ドレイハウングの丘〉ってのは、どこのことだ?」


 さっき言い掛けて答えられなかった問いに、リアは間髪入れずに答えた。


「はい。〈ドレイハウングの丘〉とは、現在のリード平原丘陵地帯の旧名なのです。地図で指し示すとするならば、ちょうど――『ウィペット村』という村の周辺、ですね」

「ビンゴだ」


 俺は手に持っていた紙を放るように机に置く。

 そこには俺が翻訳をした、例の木の実に関するこんな記述が記されていた。


〈──西部で樹海、北部で山林に面する自然豊かなドレイハウングの丘より持ち帰った、青と黄色のまだら模様をした果物〉

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