第35話 ドラゴンとのガチバトル
一体何をする気なのかと見守っていると、次にはラヴラは深く息を吸い込み、普段の大人しい彼女のものとは思えないほど大きく、凛々しい声を高らかに響かせた。
「――――【
耳の錯覚か、エコーがかかったかのようにも聞こえたラヴラの大声が、中央広場にこだまする。
それに続くようにして、地面に突き立ったラヴラの槍の先端から、何やら赤字に金の刺繍が入った布のようなものがはためき始めた。
その赤い布を中心点として、これまた赤く薄い光のベールのようなものがドーム状に舞台に広がっていく。
「おお! 凄いぞ! 何だありゃあ?」
「うわぁ、綺麗!」
観客たちが口を開けて舞台中空を見上げる中、あっという間に、壇上全体が赤い半透明のドームの中にすっぽりと包み込まれていた。
「ラヴラ、これは……?」
ジャックの問いに、ラヴラが槍を掲げたまま答える。
「【旗術】――私の《騎士》スキルの〈特殊技能〉です。一定領域内の任意の存在に、様々な支援効果を付与します。今、この場にいる皆さんの士気と身体能力を一時的に底上げさせて頂きました」
手短かつ非常にわかり易い説明に、けれどジャックは頭上に?マークを浮かべる。
ああ、すまん! ウチのバカ犬がバカで本当にすまん!
ラヴラには何も落ち度は無いが、できることならもう少し簡単な説明をしてやってくれ!
呆れ果てた様に片手で顔を覆う俺を見て察してくれたのか、ラヴラが素早く言い直した。
「え、えっと……ジャックさんは今、ちょっと強くなっています!」
「ガーンッ! ラヴラまでひどいよ! で、でもそっか! たしかに、なんだか力がみなぎってくる感じがするよ! 体もいつもより軽いし……うんっ、絶好調!」
ジャックはその場でピョンピョン飛び跳ねたり、ブンブンとハンマーを振り回したりしている。自分の体がいつもより調子が良いことを、ひしひしと感じているんだろう。
赤い光のドーム内にいる従者の皆も同じようで、しきりに手を握ったり腕を振り回していた。
『ガァァァッッ!』
ドラゴンが、ムチのようにしなる大木並みの太さの尻尾を雄叫びと共に薙ぎ払う。
すかさずラヴラが前に飛び出て、強力な初撃を左手に構えた純白の盾でもって防いだ。
ガキィィン! と金属同士がぶつかったような甲高い炸裂音が轟く。衝撃に弾かれてよろめいたのは、何倍もの体格差で上回るはずのドラゴンの方だった。
観衆から「おおっ!」という歓声が上がるのも気に留めず、ラヴラがジャックたちに指示を飛ばす。
「【旗術】を発動している間、私は槍が使えません! 壁役は私が引き受けますので、皆さんは周囲から攻撃を!」
「よっし! 皆、行くぞぉぉぉ!」
ジャックを筆頭に
遂に始まったクライマックス。もはや暴れ狂うドラゴンに恐怖する者など、壇上にも、そして客席にも一人もいなかった。
繰り広げられる騎士モモタロスとドラゴンとの最終決戦は、観客たちの割れんばかりの大歓声に包まれていった。
※ ※ ※ ※
クライマックスシーンは、実に数十分にも及んだ。
観客にとっては最高のエンターテインメントで、俺たちにとっては本当の真剣勝負だった激闘の果てに、ついにドラゴンは舞台上から退散していった。
耳が痛くなるほどの拍手喝采の中、ドラゴンを撃退した騎士モモタロス一行がグラン・オーガを改心させ、オニガシマに眠る莫大な財宝を手に、お爺さんとお婆さんの下へと帰りつき、これにて本当に終幕。
カーテンコールよろしく、演者の皆も裏方の俺も揃って舞台に建ち並んでお辞儀をしたところで、再び盛大な拍手が会場中を包み込んだ。
「終わったん……ですよね…………?」
「終わった……よね……?」
ほぼ同時に口を突いて出たラヴラとジャックのセリフに、俺はゆっくりと首肯した。
「ああ…………終わったな」
お疲れ様、と俺が二人の背中を叩くと、そこで一気に緊張の糸が切れたのか、二人してよろめいて咄嗟に両腕にしがみついてきたものだから、俺は思わず苦痛に顔を歪めた。
いててててて! ギブ! ギブ! 腕が取れる! 特にラヴラが掴んでる方が!
「本当に、無事にやり切ったんですね、私たち……」
「あ、ああ。これで『大演劇祭』は無事乗り切った。王女様への体裁も繕えただろうし、ラヴラも従者の皆も、今回の事件の責任を取らされることはないだろうさ」
疲れ切っているであろう二人を無理に引き剥がすのも気が引けて、俺は必死に痛みに耐えながらスタンディングオベーションの観客席を見渡した。
と、観客席最後列の中央。あそこからなら舞台が一番よく見えるだろうという、一段上がった所に設けられた特別席が視界に入る。
沢山のお供に囲まれながらあの特別席に座っているのが、おそらくはウェルシュ王女なんだろう。遠目からなのでよくは見えないが、一際綺麗な格好をしているのですぐわかった。
「……お? ハハッ。おい、ラヴラ。見てみろよ」
色んな意味でいっぱいいっぱいといった様子のラヴラが、「ふぇ?」と顔を上げる。
俺は掴まれている腕をどうにか動かし、辛うじて指だけを特別席に向けた。
遠過ぎる上に、日傘のようなものに遮られていてその顔はよく見えないが、それでも王女様がその華奢な両手で優雅に拍手をしている様子は、ステージの上からでも確かに見えた。
「あ…………」
「どうやら王女様も、お気に召してくれたみたいだぜ?」
俺が悪戯っぽく笑いかけると、ラヴラはそこでとうとう感情が振り切ってしまったらしく、感極まったように涙を浮かべながら、そして同時に満面の笑顔で頷いた。
「はい…………はいっ!」
少々オーバーな気もするが、ま、今それを言うのはあまりにも野暮ってもんだろう。
何しろ俺自身、今まで感じたことの無いような、なんとも言えない達成感と爽快感で、胸が一杯になりそうなのだから。
俺の働きなど本当にたいしたことはなかったが、それでも自分の携わった創作で、これだけの人が、こんなに楽しんでくれたのだ。これで何も感じないんじゃ、クリエイター失格だ。
一向に鳴り止む気配のない拍手の音に身を委ねながら、俺たちはいつまでもいつまでも、大観衆に向かって手を振り続けた。
「いやぁ。でも良かった、良かった! これで本当に何もかも一件落着だね! 劇団が逃げちゃったりドラゴンが出て来たりして驚いたけど、もうこれ以上は何も起こらないよね!」
だが、不意に安心しきった口調でジャックがのたまったそのセリフは、俺のそれまでの、湖の水面の如く穏やかだった心を激しい不安で塗り潰すには、充分過ぎるものだった。
おいジャック……そういうの、「フラグ」って言うんだぜ?
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