第31話 いざ、ステージへ!
怒涛の練習のせいで、ここ数日は一日がとても短く感じられた。
そして気付けば、早くも俺たちは「大演劇祭」四日目、つまりは本番当日の朝を迎えていた。いよいよ勝負の時だ。
「さて、いよいよ本番だ。皆、今日までよく過酷な練習に耐え抜いてくれた。皆ならきっと、この大一番を乗り切れると俺は信じている」
午前の部が全て終了し、今は昼休みも半分を過ぎた時分。
ジャックと一緒に買い込んで来た屋台の食い物を控えのテントに運び、ラヴラをはじめ演者の皆に振る舞いながら、俺は最後のミーティングを行っていた。
「うんうん! 皆凄く頑張ってたもん! きっと良い劇になるさ! 目一杯盛り上げて、騎士団や逃げた劇団の連中にも見せつけてやろうじゃないか!」
「はい! ここまで頑張ってくれた皆さんの為にも、『大演劇祭』を楽しみにしていらっしゃる王女様や観客の皆さんの為にも。何より、私たちに希望の光を示して下さったシバケンさんの為にも、私、必ずやり遂げて見せます」
ジャックとラヴラが大きく頷くのに続いて、従者の面々も頼もしい笑顔を見せる。
「勿論ですとも! 必ず成功させましょう!」
「うぉぉぉッ! やってやる! やってやるっスよぉぉ!」
全員、気合は充分のようだ。
肩を組み、杯を酌み交わす彼らの顔には、つい三日前にこのテントで見せていたあの全てを諦めた様な表情など、綺麗さっぱりなくなっていた。
そうこうする内に、観客席の方が段々と騒がしくなっていく。
ぼちぼち昼休みも終わりを告げ、午後の部が始まろうとしていた。
「さてと……そんじゃあ一丁、行ってみようか」
「応!」という掛け声とともに、俺たちは歓喜に沸く中央広場へと歩き出した。
※ ※ ※ ※
舞台袖からチラリと客席を覗いてみれば、超満員も超満員。とてつもない数の人が「大演劇祭」最終日を見物しようと押しかけていた。
一応覚悟はしていたとはいえ、こうして舞台側から見てみるとさすがの迫力だ。客席側から見るよりも、何十倍もの人数がいるように見えてしまう。
回れ右して皆の顔色を窺うと、やはり誰しも緊張に体を強張らせているようだった。
無理も無い。裏方の俺ですら身震いするほどだ。いわんや実際に劇を披露する彼らにかかるプレッシャーは相当のものなのだろう。
「あ、す、すす、凄い……人です、ね…………あ、あは、ははは…………」
ラヴラも人一倍のクソ雑魚メンタルを遺憾なく発揮し、右手に構えた愛用の銀槍を縋りつくように抱き締めて、若干顔を青ざめながら乾いた笑いを漏らしている。
おいおい、始まる前から既にクライマックスじゃねーか。大丈夫か?
俺は盛大に目を泳がせているラヴラに歩み寄り、震える肩を優しく叩いた。
「あんまり気を張ってると、舞台の上でもたないぞ? リラックスだ、リラックス」
「シバケンさん……私、やっぱり不安です。こんな大勢の前で、しかも私なんかが主役なんて……」
弱音を吐くラヴラを励ます様に、ジャックも親指をビシッと立てた。
「心配ないって! ラヴラの頑張りは、ボクたち皆がずっと見てきた。練習通りやれば、絶対上手くいくよ!」
「ジャックさん…………」
「それに、舞台の上ではボクたちだって付いてるんだ! ラヴラは一人じゃないよ!」
「私一人じゃ、ない……」
伏せていた顔を上げ、ラヴラが皆を見回した。
俺やジャックだけじゃない。従者の皆も一様に身を固くしてはいるものの、自分たちが力を合わせれば大丈夫と、力強く頷き返す。
ラヴラの全身から、震えが消えていった。ゆっくりと目を瞑り、その端麗な顔に微かに笑みをたたえる。どうやら不安は和らいだみたいだ。
「そう……ですよね。私、一人じゃないんですよね」
「勿論だ。ジャックも、皆も、俺だっている。あの大観衆の前には、俺たち全員で立つんだ」
「そうですよね。演劇は、皆で作って、皆で披露するものですもんね!」
「おうともさ」
「私一人で気負うことは、ないんですよね!」
「ザッツライト」
「はい! 観客の皆さんが楽しみにしているのは、この演劇全体ですものね! 私一人なんかの細かい所作やセリフなんて、誰もいちいち見てはいませんものね!」
「なんで! なんでそうポジティブにネガティブなんだお前は! 主役なんだから思いっきり見られるわ!」
鋭く響いた俺のツッコミに、ジャックや従者の皆の穏やかな笑い声が被さる。図らずも、良い感じに皆の緊張が解れてくれたようだった。
「――お集まりの紳士淑女の皆さま! 大変長らくお待たせ致しました! 只今より『大演劇祭』最終日、午後の部を始めさせて頂きます!」
司会進行役の男性が、拡声器(ジャック曰く、魔物の声帯を使った音を増幅させる道具だという)を片手に壇上で挨拶を始めた。
湧き上がる歓声に、俺たちはいよいよ覚悟を決めて背筋を伸ばす。
「それでは午後の部一番手、『白銀の日暮れ』団の舞台です! 演目は【騎士モモタロスの冒険~ロード・オブ・ザ・オニガシマ~】! どうぞ最後までお楽しみ下さいませ!」
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