第7話 トレジャーハンター・ジャック

 ケモ耳少年の奮闘と、俺が奇跡的に目立ったミスをしなかったお陰で、どうにか盗賊たちから逃げおおせてから馬車で進むこと十分弱。

 俺たちは少年の今晩の目的地であるという小さな村に辿り着いていた。

 村の入り口にあった木製のアーチには「ウィペット村」と書いてある。


「それじゃ改めて……ボクの名前はジャック、ジャック・ラッセル。世界中の遺跡や史跡を探検する為に旅をしているトレジャーハンターさ。よろしくね」


 まだ正午を少し回った頃にも関わらず、既に多くの客で賑わっている村の酒場。

 その一番隅っこの方で、俺達は席を取っていた。


「トレジャーハンター?」

「そう! 世界中の遺跡を探検して、数々の危険を乗り越えながらお宝を追い求める勇者、それがトレジャーハンター! トレジャーハンターは、子どもの頃からのボクの夢だったんだ!」


 にわかに爛々と瞳を輝かせ、何やら熱弁するジャック。

 なるほど、そんな職業も普通にあるとはさすが異世界。

 この〈アイベル大陸〉は、地球よりはいくらか夢のある世界らしい。


「俺は真柴健人。さっきも言ったが旅の物書きだ。こちらこそ改めてよろしくな、ジャック」

「マシバケント? ふ~ん、変わった名前だね。なら『シバケン』って呼んでいいかな?」

「シバケン……だと!?」


 なんてこった。

 まさか異世界まで来て小学生時代のあだ名で呼ばれるとは思わなかったぞ。


「…………かつてその名で俺を呼んだ奴が五人いた」

「え? な、何?」


 いきなり真面目くさった顔で五本の指を立てる俺に、ジャックが訝しげな顔をする。


「その内一人は謎の死を遂げ、二人は失踪。残りの奴らがどうなったか、わかるか?」


 訝しげな表情は崩さないまま、ゴクリと唾を飲むジャック。


「ど、どうなったのさ?」

「フッ、知れたこと…………謎の死を遂げたんだよ!」

「なっ! ……って、じゃあ最初から『三人死んだ』でいいじゃん! 回りくどいよ!」

「まぁ、そういう意見もある」

「っていうか、絶対ウソでしょその話!」

「ああ、ウソだ。いま即興で考えた作り話だよ。なにしろ俺は作家だからな」


 しれっとした顔で俺がうそぶくと、ジャックが脱力気味に頬杖をついた。


「はぁ……さっきはうやむやになったけど、やっぱりキミはどうも胡散臭いなぁ。『旅の物書き』っていうのも、いまいちよくわからないしさ。本当に、何者なんだい?」


 一層疑わしそうにそう訊いてくるジャックに、俺はおおまかな説明をしてやった。


 この〈アイベル大陸〉の文化などを調べる為に旅を始めたこと、それを紀行文としてまとめ、一冊の本を書くこと、など。

「異世界から来た」なんて言えばまたぞろ胡散臭がられると思ったので、そのことについては「ド田舎から来た」というありがちな説明で済ますことにはしたが。


「ふ~ん。それじゃあ、旅の目的はボクと似たようなものなんだね?」


 酒場のウェイトレスのお姉さん(ウサギ耳の美人!)が持ってきてくれた飲み物を一口飲んでから、ジャックが一応は納得したという風に頷いた。


「ああ。〈アイベル大陸〉中をほっつき歩く、って点ではな」


 俺も飲み物に口を付けて答えると、ジャックがうんうんと頷いた。


「そういうことならさ、しばらくボクと一緒に旅をしない? 実はボクも遺跡探検の旅は始めたばかりでね。一人じゃちょっと心細いと思っていたところなんだよ。同行者は多い方が、さっきみたいなトラブルに遭遇したときも安心でしょ? 勿論、無理にとは言わないけどさ」


「どうかな?」と言って、ジャックがフサフサの尻尾をゆらゆらと揺らす。

 ふーむ。確かにさっきみたいな連中が普通に蔓延はびこっているのなら、俺一人で旅をするのはかなり危険だ。三日ともたず、何らかの形で二階級特進してしまうに違いない。

 だったら、俺としても旅仲間ができるのは願ったり叶ったりだ。

 断る理由も、別段思いつかないな。


「オーケー。なら一緒に行こうぜ、ジャック。旅は道連れ、ってな」

「ありがとう! よろしく頼むよ、シバケン!」


 ああ、結局その呼び方で決定ですか、そうですか。

 まぁ別に良いけど。


「それにしても……」


 賑やかな雰囲気に包まれる酒場を見回して、俺は尋ねた。


「お前もそうだけど、なんだかあっちもこっちも亜人種だらけだな。さっきから人の姿が全然見当たらないんだが……この村は亜人種が多い村なのか?」

「人って、〈人間ヒューマン〉のこと?」


 俺の質問に、ジャックがきょとんとした顔で返す。


「キミ、本当に田舎から来たんだね」


 ん? どういうことだ?


「人間なんて、王都からも都市からも遠いこんな辺境の村にいるわけないじゃないか」

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