第2話 瑠璃色の図書館

 ハッと気が付くと、俺は辺り一面瑠璃色のレンガに囲まれた、何やら静かな部屋に佇んでいた。


 床も、壁も、やけに高い天井も、全てが瑠璃色のレンガ造り。

 電灯やランプといった灯りの類は一切見受けられないが、そこかしこをフワフワと小さな光の粒みたいな物が漂っている。

 部屋の中はぼんやりと明るく、それがまた幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「こ、ここは、一体……?」


 これは、夢か? 夢の中なのか? それにしては妙にリアルだな……。

 黙って突っ立っていてもしょうがないので、俺はキョロキョロと首を動かしながら前進する。

 やがて辿り着いたのは、円形の大広間。中央に大理石でできた簡単な丸テーブルと椅子があり、壁一面には天井まで続く巨大な本棚が置かれていた。

 当然、本棚にはそれ相応に大量の本が並べられている。


「あ…………」


 そして、その大量の本に囲まれながら、真っ白いワンピースのような服を着た一人の美しい女性が、ゆったりと椅子に腰かけていた。

 この謎空間に負けず劣らず、神秘的な空気を纏った女性だ。


「××! ×××××。××××××」


 呆然と立ち尽くす俺に気付いたらしく、女性が椅子から立ち上がり、何事か語り掛けてきた。

 年齢は俺と同じか、少し上くらいだろうか。服と同じ真っ白な髪をかき上げ、優しげに微笑んでいる。

 そのミステリアスな美貌に目を奪われ、俺は話し掛けられていることも忘れて、カカシのように棒立ちになってしまっていた。


「? ×××××?」


 ハッ! いかんいかん! 

 いくら相手が美人のお姉さんでも、見蕩れてばっかりで話もしないのは失礼だろう。のぼせた頭を冷やし、俺は女性の声に耳を傾けた。


「××××××? ×~×!」


 しかし……うーん、これは一体何語なんだろうか? 

 日本語ではないし、かといって英語にも聞こえないな。さっきから何を言っているのか、申し訳ないがさっぱりわからん。


 俺が首を傾げているのを見て、そこでハタと何かに気が付いたのか、女性はポンと手を打つと、右手を俺に向けて小声で何かを呟いた。

 途端に、彼女の手が淡い光を帯び始める。


「×××! ×××××えるようになったはずだけれど、どうかしら?」


 次の瞬間、俺は女性が話している謎の言語を、嘘みたいに理解できていた。


「あっ、なんて言ってるのかわかる」

「良かったわ! ごめんなさいね、こちらから呼んでおいて言語の波長を合わせ忘れていたなんて、私としたことがうっかりしていたわ。てへっ」


 どうやらさっきの魔法みたいな光のお陰で、お互いの言葉がわかるようになったらしい。女性はちょろっと舌を出し、片目を瞑りながら自分の頭をこつんと叩いた。


「……リアクションが古い」

「ええっ!? 本当!? うーん、あなた達の世界のこと、少しは勉強したつもりだったのに」


 思わずツッコミを入れてしまった俺を横目に、女性は残念そうに俯いた。

 な、何だろうこの人。

 今までの神秘的な雰囲気が、一気に俗っぽくなったんだが……。


「こほんっ! まぁいいわ。それじゃあ改めて……初めまして、真柴健人さん。この度は我が【ハザマ文庫】との契約を承諾して頂き、誠にありがとうございます」


 仕切り直すように咳払いをして、女性が深々と頭を下げる。


「え? 【ハザマ文庫】? 【ハザマ文庫】って……それじゃ、さっき俺のパソコンにスカウトのメールを送ってきたのは……」

「はい。私、【ハザマ文庫】編集長の峰……もとい、ミネルヴァと申します。これからあなたの『担当編集』として執筆のお手伝いをさせて頂きます。よろしくね、真柴先生!」


 編集長の峰さん改めミネルヴァが手を差し出しながら、再びにこっと微笑んだ。

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