異世界わなび周遊記~本を書き上げないと地球に帰れないらしいので現地のケモ耳娘と旅をします~

福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中

第一部 アイベル大陸転位記

第一章 ワナビ、異世界に立つ

第1話 丑三つ時のスカウト

「よっし! 終わったっ!」


 薄暗い部屋の中で、煌々こうこうと光るパソコンのディスプレイを前に、俺は高々と自分の人差し指を天に掲げた。

 ああ、なんという達成感だろうか。これほど満ち足りた瞬間もそうはあるまい。

 推敲も含めた総制作期間、約二週間半。

 遂に、遂に、俺が連載している長編ウェブ小説の最終章が完成した。


「ぐあぁ、腰と背中と首がぁ……」


 デスクチェアから立ち上がり、大きく伸びをしたり腕を回したりしていると、体中からボキバキと変な音がし始めた。

 

「うーむ、さすがに運動不足だよなぁ」


 時刻はちょうど夜中の三時を回ろうというところか。十一月も終盤に差し掛かり、ますます冷え込んできた今日この頃。たとえ部屋の中であろうとも、暖房が無ければ厳しい時間帯だ。


「うわ、十時間ぶっ続けでやってたのか…………ふぁ~、そろそろ寝るか」


 歯を磨く為に席を立ち、俺は洗面所に向かう。

 鏡に映る自分の顔は、眼精疲労上等の長時間に渡るパソコン使用と、明らかな睡眠不足で、自分で言うのもなんだがまるで死人みたいだった。

 しかし、こんなのはもう慣れっこだ。

 そう。小説家を目指し始めた、あの時から。


 ※ ※ ※ ※


 俺こと真柴ましば健人けんとが小説家を目指し始めたのは、ちょうど1年前のことだったか。たまたま友達から借りたライトノベルにどっぶりとハマったのをきっかけに、貪るようにラノベを読み漁るようになったのが始まりだ。


 そして、大学一年の夏休み。俺はとうとう、自分でもラノベを書いてみたいという欲求に抗えなくなり、気が付けば国語辞典や執筆のハウツー本を脇に、パソコンの前に座っていた。

 俺がライトノベル作家志望――俗に言う「ワナビ」になった瞬間だった。


 そんなこんなで、自作の小説を新人賞に応募してみたり、ネット上の小説投稿サイトで作品を連載してスカウトを待ったりの、悠々自適なワナビ生活を続けて一年。


 大学二年になった俺は、気が早い同級生がそろそろ就活だのインターンシップだのを意識し始める横で、ロクに講義にも出席せずに日がな一日小説を書いているような日常を送っているのだった。


「……フフフフ」


 二度、三度とうがいを繰り返し、俺はタオルで口を拭いながらにやけていた。

 半年ほど前から俺がネット上で連載している小説、その最終章が、ついさっきようやく完成したのだ。

 題材はよくある異世界ものだったが、キャラクターや設定なんかは結構こだわって作った甲斐あってか、それなりにファンもいたりする俺の代表作である。

 

「我ながら、マジで良い仕上がりになったなぁ」


 薄暗い洗面所。

 目の下に真っ黒なクマを作り、ボサボサの髪とヨレヨレのパーカーを揺らしながら、俺は「ククク」と笑い声を漏らした。

 町を出歩いたら確実に「しっ! 見ちゃいけません!」とか言われること請け合いな風体ふうていだが、そんなことはどうでもいい。

 今の俺は、実に満足した気分なのだ。

 

「いやぁ、こりゃあいよいよどこかの出版社からスカウトが来ちゃうかな?」


 なんておめでたい独り言を言いながら、部屋に戻ってベッドに倒れ込もうとした。

 その時だった。


「ポロン」という音がパソコンから聞こえ、たった今メールを受けとったことを知らせる。


「……おや? こんな時間に誰だろう?」


 怪訝に思いながら、俺はベッドにダイブしようとしていた体を回れ右して、パソコン前のデスクチェアに座る。

 果たして、俺のパソコンには一通の新着メールが届いていた。

 差出人は……。


「……【ハザマ文庫】?」


 んん? どこからのメールだ? 全く身に覚えが無い。

 配信停止の登録をし忘れたメルマガか何かか?

 まあ、ひとまず文面を見てみるか。


〈二〇××年/十一月/二十日 二時四十分 

 件名:【ハザマ文庫】からのご案内

 真柴 健人様

 初めまして。【ハザマ文庫】編集長、みねと申します。

 この度、真柴様がウェブ上で公開されている連載小説を拝見させて頂き、その文章力と構成力の素晴らしさに、編集部一同、心より感服致しました。

 つきましては、真柴様のその類まれなる文才を見込んで是非とも我が【ハザマ文庫】にて書籍を出版して頂きたいと考え、今回スカウトのご連絡をさせて頂く運びとなりました。〉


「……って、スカウト⁉」


 ち、ちょっと待ってくれ。

 え? スカウト? スカウトって、あのスカウトだよな?

 しかも差出人は【ハザマ文庫】ときたもんだ。聞いたことのないレーベル名だが、「文庫」と名前が付いているからには十中八九、出版社だろう。

 そこの編集長が、俺の小説に、感服?


「ってことは俺、これで作家デビュー? …………はは、マジでか?」


 俺は乾いた笑いを漏らしながら、脱力気味にゆっくりとデスクチェアにもたれかかっていた。


 小説家を目指してから1年。新人賞は良いトコ二次選考通過止まり、公開している何シリーズかのウェブ小説も一向に日の目を見る気配が無かった。

 勿論、小説を書くのは大好きだし、その程度でへこたれたりはしない。

 それでも、一日でも早く小説家としてデビューしたいと常日頃から願っていた。

 

(そんな俺が、遂にプロデビュー?)


 やばい。心臓バクバクしてる。足が生まれたての子ジカみたいに震えてる。

 だ、ダメだ、落ち着け俺。取り敢えず、落ち着くんだ。今は夜中の三時だぞ。


 痛いほどに脈打っている心臓を押さえながら、俺は改めてメール本文に目を向ける。

 画面をスクロールしていくと、本文にはまだ続きがあった。


〈――真柴 健人様。我が【ハザマ文庫】にて、本を書いてはみませんか?〉


 さらにスクロールしてみる。

 メールの最後の方に、瑠璃色を基調とした、本と何かの鳥類が描かれたデザインのアイコンがあった。アイコンのそばには、ご了承頂ける場合はこのアイコンをクリックしろという旨の短文が添えられている。

 ゴクリと唾を飲み込んでから、俺は意を決してマウスを操作し、アイコンをクリックした。


「え? な、何だこれ!?」


 突如、パソコンのディスプレイが眩いほどに輝き始め、薄暗かった俺の部屋が真昼のように明るくなった。

 びっくりして思わず両腕で顔を覆い、目を細める。

 しかし光は一向に収まる様子はなく、むしろどんどんとその光量を増していった。


「う、うわあぁっ⁉」


 もはや視界に白以外の色が見えなくなり、そして……俺の意識は、段々と遠のいていった。

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