第12話

 まだ朝日も上らぬ早朝。部屋に響く着信音に僕は無理やり起こされた。眠たい眼を擦り音源であるスマホのディスプレイを一瞥する。表示された名前にムカつきスマホを乱暴にタップした。もちろん電話になど出るはずもなく着信を拒否する。間もなく再び鳴り始めた着信音に神経を逆撫でされつつ僕は諦めて電話に出た。

「グンモーニーン」

 田中の陽気な声に余計に腹が立った。

「おい、今何時だと思ってんだよ……」

 電話を切り、部屋まで乗り込んでやろうとベッドから起き上がる。カーテンを開けると窓の外にはヘラヘラした田中がいた。

 僕たちの家はかなり近い距離で隣接している。更に僕らの部屋は向い合わせなので窓から屋根に出ると少し危険ではあるが互いの部屋に行き来できるのだ。

「おいコラ。自分から殴られに来たのか?」

 僕は窓を開けヘラついた男に問いかけた。

「なーに言ってんの。てか寒いからとりあえず中入れてよ」

 何食わぬ顔で窓に手をかけ乗り込んでくる田中の頭を1発叩いた。

「あいた。何すんだよーいつものことじゃん」

「お前バカなの? 時計も読めなくなったのかよ……」

 僕は呆れた。

「早く起きちゃったんだから仕方ないじゃん。あ、俺今日学校サボるから鍵開けといてね。マンガの続き読ませてもらうよん」

 僕は更に呆れた。

「またかよ……別にいいけど出席日数足りなくなってダブったりすんなよ。お前朝飯は? 食ってく? パンならあるよ」

 こんなに早いことはないのだが、たしかにうちにこうやって来ることはよくあることなのでつい普通に会話をしてしまう。僕はもっとこの幼馴染みに常識というものを教育すべきなのだろうけど、昔から彼には重要な場面で何度も救われているため甘やかしてしまうのだ。

「いや、今日はいいや。この前飯隣で食ってきたって言ったら母ちゃんにめっちゃ怒られたばっかだからさー。一旦戻って親が仕事行ったら行動開始だな。だから窓の鍵は開けといてくれよー。それを頼もうと思って電話したんだよ」

 そんなもんショートメールでいいだろと思ったが適当に返事をして会話を流した。


 歯を磨くと意識が完全に覚醒した。父は既に出勤しているようで、リビングのテーブルには朝食が用意されていた。

 いつもより1時間以上早く起きたので、僕は朝食を済ませ早めに家を出ることにした。



 学校に着くと、まだクラスの人間は誰もいなかった。教室には鍵がかかっており入ることも出来ない。職員室に行けば鍵はあるのだが、僕は別の場所へと向かった。


 1組の教室は既に明かりが灯っていて誰かがいることが遠くからでも分かった。覗くと数人の生徒が勉強したり本を読んだりしていた。

 僕が恐る恐る教室へ入ろうとしたとき、肩を掴まれ異常に驚いてしまう。

「うわぁ!?」

 声を上げ振り返ると先日橘を庇っていた子が僕を睨んでいた。

「何しに来た」

 鋭い眼光と威圧的な口調で彼女は今にも噛みついてきそうだった。

「ちょっと橘さんのことが気になってどんな人なのかクラスの人に聞こうかと思ったんだけど」

 彼女の目付きが更に険しくなった。

「クラスの人に聞いたってなにもわからないよ」

 つり上がった彼女の目がわずかにゆるみ、瞳が一瞬沈んだ。

「私今日朝練出たら放課後は部活休むつもりだったの。あんたが本当に玲のこと知りたいなら私が教えて上げるわ。それにあんたにも聞きたいことがあるしね。放課後時間あるんでしょ?」

 もちろん僕に予定などない。

「わかった。ホームルーム終わったら教室まで行くよ。んじゃ」

 先ほど驚き声をあげたので教室にいた生徒が僕を不審者を見るような目で見ていた。それが気まずくて僕は会話を切り上げ逃げるように立ち去った。


 教室に戻るとまだ鍵がかかっていて疲れが僕の頭にのしかかったような気がした。こぼれたため息がガックシと僕の首を折った。僕はしかたなく職員室へと向かった。


[つづく]

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