第6話

 黙り混む彼女が少し気にかかり始めた頃、頼んだブレンドコーヒーが店員によって提供された。

「お待たせしました。こちらブレンドコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ」

 会釈する店員にこちらも軽く会釈を返した。

 立ち上る湯気でブレンドとはホットなのだなと理解した。この時僕はアイスとホットはそもそも注ぐ容器が違うことも知らない程にコーヒーというものに縁がなかったのだ。

 橘は長い髪を耳にかけると、カップをゆっくりと口元に運んだ。その仕草が色っぽくて僕はまた見とれてしまった。

 カップに口を付けひと口飲むと、

「アチュッ」

 と赤ちゃんのような言葉を発した。彼女をよく見ると耳まで真っ赤だった。

「え、あちゅいの?」

 僕は沸き上がる笑いを押し殺し、可能な限り真剣に尋ねてみた。

「……ッく、猫舌なのよ! 悪い!?」

 彼女は少し涙目になっていた。さっきまでの空気が台無しだ。

 僕は彼女に手本を見せてやろうと咳払いをして、同じようにゆっくりとカップを口へ運んだ。立ち上るコーヒーの香りに僕は驚いた。こんなにも良い匂いなのかと素直に引き込まれ、香りに促されるように口に付けたカップを傾けた。

「うん、とても苦いね。すみませーん」

 やはり残念な結果に終わり、店員を呼んだ。


 僕は店員に砂糖とミルクを頼んだ。気を利かせた店員はスティックシュガーを2本くれたが僕のプライドが2本目の投入に時差を生んだ。その時差をこれでもかと言うほどに彼女は深掘りし、僕をはずかしめた。



「私たちってやっぱり子供なんだね」

 唐突にそう言われ僕は一瞬返答に困った。

「……君のは赤ちゃ──」

 僕はすねをローファーの先端で思いっきり蹴られ、溢れかけた失言を飲み込み悶絶した。

「私たち仲良くなれそうね。ほら、あなたの好きな笑顔よ」

 そう言って彼女は家来に褒美でもやるように僕に笑いかけてくる。僕は笑ってない笑顔と言うものを初めて見た。笑顔が恩着せがましいとはどういうことなのだろうか? これはもはや哲学の域に達しているかもしれない。

「僕、そろそろ帰って宿題しないと……」

「あら、私が見て上げるわ。これでも頭いいのよ。ほら、宿題だして」

 彼女は、また笑っている。でも今のはちょっと楽しそうだなと思えた。

 だけど、なんだか恐いからもう僕には笑わないで欲しいと、心の中で先程の進言と言う名の失言を後悔した。


[つづく]

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