第4話

 静まり返った教室にスピーカーから拡声された声が響く。

『11月25日。この日付に心当たりのある人は1年1組、橘玲のところに来なさい。この放送の意味、わかるわよね? 私が拾ったのよ。それにずっと探してたの、あなたと話がしたい』

 そこで、放送は終わったようだった。



 ざわつく教室にもはや意識が向くことはない。確信と共に、僕の心臓は大きく跳ねた。

 あの日、落ち込む僕にシュークリームを分けてくれたのは、橘玲で間違いないだろう。僕が思い出しかけているあの日の出来事を、彼女なら全て知っているかもしれない。さっきまでの絶望からの急展開に興奮を押さえることができずにいた僕は、弁当を鞄に仕舞い教室を後にした。


 1年1組の教室は多くの男子生徒でごった返していた。そこには、1年だけでなく、上級生も入り交じっている。

 その場にいる男子だけでなく女子も、訪ねてくる生徒を席に座ったまま対応し続ける橘玲に注目していた。


「11月25日、そりゃあんたの誕生日だろ?」

 頭髪が僅かに茶がかる2年の先輩は、橘を指差しそう言った。誰から聞いたのか、それが本当なのかを僕は確かめることなどできないが、彼の顔は自信に満ちていた。

「だからなに?」

 彼とは対照的に橘は不愉快そうにそう言い放つとその先輩を正面から睨み付けた。

「いやあんたが心当たりがある奴は来い、なんてことを言ってたから来たんじゃないか」

 同様の会話が続いていたのだろう。彼女は心底疲弊した様子でため息をついた。

「あなたのそれは事実確認でしょ? それともそれ以上に何か他にも話があるのかしら? これ以上は無駄ね」

 そう言って彼女は周囲を見回した。そして僕と視線を交えた。

 瞬間、僕は視線を逸らしその場から逃げ出した。彼女と話しに来たはずなのに、彼女を避けてしっまったのだ。その理由はわからず頭は混乱したままで、逃げる歩調がゆるむことはない。もちろん彼女のいた教室に引き返す勇気なんてあるはずもなかった。


 自分の教室に逃げ帰り席に着くと、後悔だけが込み上げてきた。不貞寝しようと机に突っ伏せて目を閉じてしばらくすると机をコンコンとノックするように叩かれた。誰だよと顔を上げると、前の席の田中がニヤニヤしながら見つめてきた。

「なんだよニヤニヤして気持ちわりい。男に見つめられても嬉しくねえよ。早く寝たいんだよ」

 再び眠ろうとする僕に田中は会話で邪魔を始めた。

「いいのかなー? こんな時に昼寝なんかしてー」

 一言文句を言ってやろうと顔を上げると、田中は何故か廊下の方を指さしていた。誘導されるまま視線を移すと後ろのドアのところに橘が立っていた。

「お前に用があるんだってよ。呼んできてくれって頼まれたんだ。どういう風の吹き回しだよー」

 茶化す田中を無視して僕は席を立った。こいつに意識を向けることに僕の脳は意味を見出せなかったようだ。



 尋常ではない速度で、脳が回転を始めた。



[つづく]

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