第7話

それからは毎日、学校に集合してはサボって、どこか遊び行っていた。

 基本的に千石の生活は学校以外で外に出ることはできないからだ。つくづくイカれた家庭である。


「違うわ、湊音くん。もう1オクターブ上よ」


「こ、こうか?」


「違うわ、こう」


(なんでそんな歌が上手いんだよ⋯⋯)


 時には、カラオケに行って何故か俺が歌を教わったり。


「湊音くん、本名は何なのかしら」


「何だよ急に」


「だって、偽名でしょう? 名前を呼んだ時、一瞬反応が鈍い時があるわ」


「お前、探偵の才能あるぞ」


「お兄ちゃんの名前は私でも知らないんだよね。出会う前からお兄ちゃんは忘れたって言ってたし」


「そうなのね」


 時には、家に招いてゲームや雑談を凪紗も交えてした。

 凪紗も俺以外の人と話すのは久しぶりで、とても楽しそうだった。


「千石、行きたい場所はないか?」


「行きたい場所?」


「ああ、いつも俺が連れ回してばかりだからな。最後くらい、行きたい場所に連れてってやっても良いと思ってな」


「行きたい⋯⋯場所⋯⋯」


「どこでもいいんだぞ」


 眉一つ変えずただボーッとどこかを見つめているが、彼女なりの考えている時の挙動なのだろう。

 しばらくすると、視線を俺に戻した。


「海に行きたいわ」


「今は冬だぞ⋯⋯」


「いいの。ただ見たいだけだから」


「そうか。まあ、お前がそれでいいならいいんだけどな」


 そんな約束も交わして、俺が学校に潜入してから数週間が経とうとした頃。

 俺はいつも通り、ホームルーム前に屋上で千石を待っていた。


 今日はいつもより来るのが遅かったので、屋上の扉が空いた時、俺は叱りつけてやろうと思った。なんなら殺してやろうかと思った。流石に冗談だが。ブラックジョークだが。


「おい千石。お前遅い⋯⋯ぞ⋯⋯」


 暇つぶしに弄っていたスマホから、屋上の扉に視線を向けると、そこには案の定千石が立っていた。

 いつも通りの仏頂面で立つ千石の姿は、昨日までと少し違った。


「お前それ⋯⋯どうしたんだよ⋯⋯」


 顔には絆創膏やガーゼをしており、頭に包帯なんかも巻いている。

 スカートから下の足にも引っ掻き痕や、痣などが隠しきれないほど見えていた。


「昨日、学校から連絡が来たらしいの。お父様に最近学校をサボっているのがバレて、とても怒られたわ」


「だからって、こんな⋯⋯」


 女の子の身体をここまでボロボロにしていいはずがない。

 娘だからといって⋯⋯いや、娘だからこそだろうか。


「大丈夫よ。どうせ、いつかあなたに殺されるのだもの」


「⋯⋯っ」


 千石の言葉に息が詰まる。

 そう、俺はいつか千石を殺すのだ。依頼された通り。10億円を手に入れるために。

 こんなら可哀想な少女を。


「今日は海に連れてってくれるんでしょう? 行きましょう?」


「⋯⋯ああ」


「⋯⋯あなたって、泣き虫なのね」


「泣いてねーよ」


 俺より先に屋上を出て行く千石の後を急ぎ足で追った。

 いつも俺についてくるだけだったのが、先行しているあたり、余程楽しみにしているのだろうか。

 顔には出てないが。


 千石と2人で電車に乗るというのももう慣れた。

 今回は今までで1番の遠出なので、電車にやられる時間も長く、千石は気付けば寝ていた。

 目元に隈が出来ているし、いつもより寝かせてくれなかったのだろう。


 俺は肩を貸して、少しでも千石が気持ちよく寝れるようにした。

 平日の朝10時ごろとなると、乗客も少なく、幸いにもこの状況は誰にも見られなかった。

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