第6話

「⋯⋯来たか」


「うん、来いって言われたから」


 立ち入り禁止ではあるのだが、普通に入ってくる千石。

 まあ昨日も1人で昼食食いに来てたしそこら辺は気にしてないのか。

 バッグを持ったままなので、教室には寄らずそのまま来たのだろう。


「とりあえず、行くか」


「⋯⋯? 行くってどこに?」


 千石は首を傾げて頭にはハテナマークを浮かべていた。

 まあ当然の反応だろう。


「遊園地だ。行ったことあるか?」


「ないわ。知識としてはあるけれど」


「なら尚更良い。行くぞ」


「学校はどうするの?」


「サボれ」


「わかったわ」


 噂によれば成績的には優等生らしいのだが、サボることに一切躊躇しなかった。

 自分の意思がないのだろうか。


 流石に今出ていけば登校中の生徒にバレてしまうので、少し屋上で時間を潰してから、授業が始まった頃に学校から抜け出した。


 まずは電車賃やバス代を千石に渡した。俺は多分そこら辺のサラリーマンよりは稼ぎが良いはずなので、これぐらいは気にならない。

 まあ、俺より千石の方が遥かに金持ちなのだろうが。


 電車に揺られて数十分。特に会話の無いまま目的地へと着いた。


「⋯⋯すごく大きいわ」


 入り口前で、高く聳え立つ観覧車やジェットコースターを見る千石。

 感嘆の声を漏らした千石の目は少し見開いていて、驚いているという感情が見て取れた。

 それを見て俺は思わず狙い通りとニヤけてしまう。


「んじゃ、入るか」


 歩き出す俺に動じることなく着いてくる千石は、どこかそわそわしているようにも見えた。

 園内に入場すると、千石はごもっともな疑問を投げかけてきた。


「どうして私をここに連れてきたの? 殺さなくていいの?」


「んー? お前があまりにも可哀想な人生を送ってるからな。ちょっとぐらい楽しませようと思ったんだよ」


 園内の案内表を見ながらそう返すと、千石はまだ納得いってないようで首を傾げていた。

 俺はそれを見て、深くため息をついた。


「⋯⋯だから、お前が笑顔を見せた瞬間に殺すからな」


 そう言うと彼女は腑に落ちたようで


「そう。わかったわ」


 あくまでも表情は崩さず。千石は俺の言葉を受け入れた。


 園内に入場してから数時間が経った頃。

 平日ということもあって園内は空いており、俺と千石は半分以上のアトラクションを楽しんだ。


「今のジェットコースターという乗り物、すごい面白かったわ」


 声は弾んでいて、間違いなく楽しんでいる。

 心なしか目はキラキラと光を発しているように見えるが、口角は上がってない仏頂面だ。

 笑顔とは言えない。


「ま、待て千石⋯⋯一旦休憩するぞ」


「⋯⋯? 何故かしら。私たちが走っているわけでは無いのに」


 ふざけんな。殺してやろうか。

 俺はあまり絶叫系が得意ではないのだ。殺し屋なのに。

 だのに、さっきから同じ絶叫系を乗らされているのだから休憩ぐらいする権利はあるだろう。

 それなのに千石は理解できないと言ったようにまた並び始めた。


(このままだと⋯⋯俺が殺されてしまう)


「すごく心臓が鳴っているわ。きっと興奮しているのね」


「ああ、俺も頭がクラクラしてきた。きっと気分が悪いんだろうな⋯⋯」



 そして、そのまま絶叫系のアトラクションのみを楽しんで、俺のSAN値は削られていった。

 気付けば午後5時を回っており、俺の要望を聞き入れてくれた千石は観覧車へと乗らせてくれた。

 何故俺が頼む側なのか⋯⋯


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 景色を楽しむ千石と、その向かい側の席で吐きそうになっている俺。

 まだ絶叫アトラクションの余韻が残っているのだ。


「湊音くん」


「な、なんだ⋯⋯?」


 吐きそうになる気持ちを抑えながら、こちらに真っ直ぐな視線を送る千石を見据えた。

 その時、落ちかけている夕日の日差しが千石の後ろから差し込んだ。まるで映画のワンシーンみたいに。


「ありがとう。あなたのお陰で、私は生まれて初めて何かを楽しめたと思うわ」


 そう言った彼女は、少し顔を傾けながら、目を細めて口角を上げた。笑ったのだ。満点の笑顔だった。

 今まで千石の表情筋には、筋肉がないの方さえ思ったが、それでも彼女は笑った。違和感を感じてしまうほどに。

 肩をすくめて、笑うその姿からは少し寂しさも感じた。


 俺は多分、その笑顔に―――


「⋯⋯っ!」


 俺は間髪入れずに、自分の沸いた気持ちを振り払うようにポケットからナイフを取り出して、千石の細い首に刃を立てた。

 少し力を込められば、頸動脈なんて簡単に切れてしまう。


「私、今笑ってしまったのね」


「ああ⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯どうしたの?」


 腕に力を込めるが、プルプルと震えるばかりで刃が首に食い込まない。

 すると、突き出している手首に水滴が垂れるのを感じた。

 千石の涙が頬を伝って俺の腕に落ちてきたのだ。


「⋯⋯やめだやめ。お前、泣いてるしな」


「⋯⋯嘘、どうして。私、全然悲しいなんて思ってないのに」


 俺は突き立てたナイフをそっとポケットの中に戻し、ため息を吐いた。


「結局泣いちゃってるしな。また今度笑ってる時に殺してやるよ」


「⋯⋯そう。ごめんなさい」


「何で謝るんだか⋯⋯」


 また無表情に戻ってしまった千石は、声を少し上擦らせたまま謝罪をした。

 今日も依頼を達成できなかった。10億円を手に入れられなかった。

 なのに、悪い気はしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る