第4話

(さて、どうしたものかな⋯⋯)


 昼休みに入ると、色々な人たちから昼食の誘いを受けたが、全部断った。

 屋上に行き、さらに上のペントハウスの上で1人昼食を食べていた。


 ひとまず千石楓の実物を見ることができたし、クラスでの立ち位置もなんとなく把握できた。

 あいつは多分⋯⋯浮いている。


 千石楓が休み時間に友人と話しているのを見ないし、そもそも友人がいないと思われる。

 本来なら友人と学校生活を共にするのが普通なので、学校でも殺す隙はあまりない。

 だが、これはラッキーだ。

 1人でいる時間が多いなら人気がないところで⋯⋯


「⋯⋯?」


 階段を登る足音が次第に近づいてきた。

 屋上は一応立ち入り禁止なはずだが⋯⋯。

 上から入口を俯瞰していると、屋上のドアは開けられた。


(おいおい⋯⋯マジかよ)


 入ってきた人物は、今回の依頼対象の千石楓だった。

 1人で屋上に来た彼女は、座り込んでコンビニ袋から弁当を取り出して食べ始めた。


(今回、結構むずそうだと思ったが⋯⋯大分ついてるな俺)


 自分の強運さに感謝をしつつ、ペントハウスに寄っかかってくれた彼女を上から見下ろした。

 ポケットからナイフを取り出し、逆手持ちにした。


 落下して着地と同時に頸動脈切って殺すという狙いだ。

 まさか1日目にして10億円を手に入れることになるとは思わなかったが⋯⋯。

 気配を察知されないよう音を立てずにゆっくり呼吸を正した。


(関係ない社長令嬢だが⋯⋯金持ちなんだからもう充分人生は楽しんだだろ。こうやって殺しの依頼を出されるくらいには)


 体を落とそうとしたその瞬間、


「あっ、見〜つけた! 楓ちゃーん!」


「⋯⋯っ!?」


 突如、屋上への扉が開けられ、数人の女子生徒が入ってきた。


 体をすぐに翻して後方へと下がった。

 自分の心臓がドクンドクンと大きな音を立てているのを感じながら、もう一度見下ろした。


 金髪で制服を着崩した柄の悪い女子生徒が数人。

 凪紗みたいな格好をしているが、顔だったら断然凪紗の方が綺麗だ。贔屓目なしで。


 しかし、危なかった。

 もし見られていたらあの女子生徒ごと口止めとして殺すハメになってしまっていた。

 出来ることなら殺す人数は数人に絞りたいのが俺のスタンスだ。


(それにしても、友達いたのか。早とちりは良くないな)


 友人がいると知れば、ここからもまた殺す機会を練り直さなければならない。

 多分この後もきっと一緒に昼飯を食べるんじゃないだろうか。


「ねーねー、楓ちゃん。財布あるよね? 早くお金頂戴〜」


「てかなにコンビニ弁当食べてんの? そのお金うちらに渡すって考え思い浮かばなかったわけ?」


 ギャルっぽい女子生徒が千石の胸ぐらを掴んで持ち上げ、スカートのポッケから財布を無理矢理奪っていた。

 財布を取られた千石は用済みと言わんばかりに突き飛ばされていたが、彼女は眉一つ動かさず真顔だった。


「うわっ! もうお金入ってんじゃん。さすが金持ちは違うね〜」


 財布から数枚の万札を奪ったギャルは、小銭しか入ってないであろう財布を千石に投げて返した。


「はいこれ。早く食べなよ」


 他の女子生徒は千石が食べていたコンビニ弁当を千石の頭の上で逆さまにして、中身を全て頭から被らされていた。

 綺麗な銀髪にはご飯粒や肉のタレなどがついており、それでも彼女は顔色一つ変えなかった。

 殺し屋の俺が言うのもアレだが⋯⋯胸糞悪い光景だった。


「チッ、薄気味悪いんだよ。ちょっとぐらい泣けよ」


「アハハ、たしかに!」


 見ていて胸糞が悪くなった俺は、近くに落ちてた小石を拾って、万札を数えている女子生徒に照準を合わせた。


「⋯⋯よいしょ」


 デコピンで小石を弾き飛ばし、その女子生徒の右の眼球のど真ん中に直撃させた。


「あぁぁぁぁ!!」


「ちょ⋯⋯! いきなり何? うるさいんだけど!」


「右目がなんか! やばい! あぁぁクソ痛いんだけど!?」


 小石をぶつけられた女子生徒は右目を手で押さえながら悶絶しており、押さえてる手から少し血垂れているのが見えた。

 目にゴミが入った程度だと思っている他の女子生徒はそいつを手洗い場へと連れて行くらしく、屋上から姿を消していった。


(ぶはははははは!)


 俺はサッと身体が見えない角度の場所へと隠れて、必死に声を押さえながら笑い転げていた。

 本当は他の奴らにも手を下したかったが、やりすぎはバレかねないのでしっかりと線引きをした。


(それにしても⋯⋯また早とちりだったか)


 友人がいないと思いきや、友人がいた。と、思いきやそれは友人なんかではなかった。

 殺しやすいのは間違いない。

 今だって弁当の具材まみれの彼女は殺すことは容易い。


 もしかしたら警察の取り調べであの女子生徒たちが犯人として疑われてくれるかもしれない。

 それでも⋯⋯


「⋯⋯」


 あの場を見てから、殺すなんてことは俺にはできなかった。

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