第2話


「あ、おかえりお兄ちゃん」


 ボロくて狭いアパートに入れば、ヘッドホンを首にかけた金髪の少女が椅子に座りながら出迎えてくれた。

 口には棒付きの飴を加えており、背後にある机には大きなパソコンと飴のゴミ山。


「凪紗なぎさ、また飴食ってたのか。飯は?」


「別にそんなんいらないし。てか生臭いんだけど。早くその血だらけの服捨ててくんない?」


「⋯⋯すまん」


 血塗れになった黒いコートを大きなビニール袋に詰めて、しっかりと縛って端っこに置いておく。


 このギャルみたいな見た目の女は凪紗なぎさ。苗字は忘れたらしい。絶対嘘だが。

 お兄ちゃんと呼ぶのは、名前が無い俺をどう呼べばいいか悩んだ末らしい。

 こいつは殺しはしないが、プログラミングの技術には非常に長けている。


 凪紗によって俺たちの身分は社会から抹消されているし、居場所の特定も全て防いでいる。

 先程の殺人も凪紗が監視カメラと防犯機能を停止させてくれたお陰で簡単に侵入できた。

 俺が依頼をこなせているのも、こいつのお陰みたいなところがある。


「それより、次の依頼入ったよ。最近お兄ちゃんの活躍のせいで依頼の量増えてるよ」


「そこはお陰と言え。俺たちはこれで食っていってんだから」


「はいはい、これ読んで」


 飴のゴミ山から取り出されたタブレットの画面に電気をつけて、俺の前に差し出した。どっから取り出してんだ。


「ええっと⋯⋯なになに?」


「ねえ! 臭いんだけど! 早くお風呂入って!」


「ちょっと待てって⋯⋯」


 鼻をつまみながら凪紗が見せてくるタブレットには長文が記されており、要約すれば大手企業の令嬢の殺害だった。

 そこのライバル会社の社長からの依頼で、ムカつくから社長を殺すのではなくその娘を殺害して欲しいのだという。

 期限は問わない、と記されている。


「⋯⋯俺らと同い年か?」


「うん、あの千石せんごく家の御令嬢⋯⋯って言っても知らないか。てか臭い」


「千石家? 知らないな」


 鼻声になりなが説明する凪紗はこちらをジトッと睨んだ。そんなに臭いか俺。


「報酬はなんとね⋯⋯10億だよ!」


「⋯⋯マジでか」


「うん、もう一生遊んで暮らせるよ!」


 椅子でくるくると回る凪紗はテンションが高いというのがすぐにわかった。

 まあ当然の額だろう。今回の依頼は難易度が高すぎる。

 今まで裏社会の偉い人たちを殺してきたりしたが、それとは比べ物にならない。

 当然凪紗もわかっているだろうし、笑っているということはもう策は練ってあるのだろう。


「んで、肝心の作戦は?」


「とりあえず⋯⋯はいこれ!」


 机に積もっている飴のゴミ山から、凪紗はビニール包まられたそれを俺に見せた。そこどうなってるんだ。


「なんだこれ⋯⋯制服?」


「そ! お兄ちゃんには、これから潜入してもらうから」


「⋯⋯は?」


 俺は凪紗の突拍子もない発言に思わず口をあんぐりと開けて固まってしまった。

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