最終話 波間
商船は汽笛を鳴らして港を発つ。
ゆらゆらと大きく揺れる狭い部屋は荷物置き場らしく、木箱が軋む隙間に私たちは身を寄せ合って座っていた。
窓の外からの光が揺れるのだけが、夢みたいに綺麗だ。
「なあキサラ」
暴れ疲れ、泣き疲れた私を腕に抱き、アッシュは頭を撫でて言う。
「終わりでいいだろ。これからは……新しい人生を生きろよ」
「いやよ……私が生きているかぎり、殺されるまで、復讐は続くわ」
「復讐にけりをつけて、幸せになるってのじゃだめなのか?」
「嫌よ」
「強情だな」
「だって、復讐を終えてしまえばあなたは離れてしまう」
「……」
「傍にいて。私が無様に死ぬ今際のきわまで離れないで」
「ばあか。あんたがめちゃくちゃになってどーすんだよ」
声を震わせしがみつく私に、アッシュは呆れたような、甘やかすような優しい声で囁く。
「じゃあ次は、何をめちゃくちゃにしたいんだ? 悪役令嬢さん」
私はアッシュの肩に手を乗せ、触れるだけのキスをした。
「あなたがめちゃくちゃにしたいものを、めちゃくちゃにしてほしいの」
「……了解」
大胆な行為に鼓動を跳ねさせる私の前で、アッシュが久しぶりに暗殺者の目をして唇を舐めた。
そして、あの夜とは別の順序でキサラの体に触れる。
二人分の影が重なる。
めちゃくちゃに崩壊した国の行く末も。逃亡するめちゃくちゃになってしまった暗殺者と悪役令嬢、二人の未来も誰にもわからない。
けれど復讐は続く。
人形だった女と使い捨てだった男が、どこまで世界の意図に反してめちゃくちゃに生きていけるのか。
二人はまず、手短なところから、全てをめちゃくちゃにする計画を実行することにした。
「泣くなよ?」
「泣いてもやめないで」
二人で幸福を感じることも、それは世界への復讐の一つなのだから。
いつか死ぬまで、殺されるまで。
【24年2月9日1巻発売】死に戻り令嬢は憧れの悪女を目指す ~暗殺者とはじめる復讐計画~ まえばる蒔乃 @sankawan
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