第8話 終焉

 幸福な時間は突然幕を下ろした。

 偽名を使って海辺の町に住んでいた私たちの元に憲兵がやってきたのだ。


 罪状は公文書偽造。

 あちこちを逃げ回って遊びまわる間に使っていた身分証が、嘘だとついにバレてしまったのだ。


 私たちは手錠をはめられ、拘置所の檻に囚われた。他にも政治犯が多いのか、私たちはベッドほどのサイズの空間に二人きり閉じ込められた。


 周りの檻から聞こえる話を聞けば、どうやら全員問答無用で処刑される運命らしい。めちゃくちゃになっていた王都はますます狂乱の都と成り果て、貴族とあらば女子供かまわず、日々何らかの罪状によりギロチンの刃の錆となっているらしい。


「……終わっちまったな」

「ええ」


 私たちは二人で並んで、天井を見てつぶやいた。


「まだ復讐計画半ばだったんだろ? 残念だな、俺の『めちゃくちゃ』に付き合っているうちに終わっちまった」

「復讐はもうじゅうぶん。このまま死んでも満足だわ」

「はあ?」


 怪訝な顔をする彼に、私は微笑んで肩を寄せる。

 私たちは捕らえられて尋問されて、その間に服もぼろぼろになっていた。薄い布地だから、触れるだけで体温を感じられて温かい。この状況も、悪くない。


「私、最期に幸せになりたかったの。あなたと」

「……は?」

「私、生まれた時から人形でしかなかった。人形として遊び終われば、死ぬことを求められていた。それだけの存在だったのよ? それにあなたも。使い捨てのやけっぱちの暗殺者。……ふふ、私たちみたいな二人が、数年間も、好き勝手に世界をめちゃくちゃにして、浮かれ騒いで楽しく生きるなんて、誰も思わなかったでしょう」

「キサラ……お前……」

「結婚する相手さえ、生まれた時から決められていた私が……ふふ、殺しにきた男の人と、笑い合ってご飯を食べて過ごすなんて……ふふ、めちゃくちゃだわ。本来なら王宮で飼い殺されて、弄ばれて、無実の罪を着せられて『悪役令嬢』として死ぬだけの私。それがこんなに……ああ、おかしいったらありゃしない」


 私はひとしきり笑ったのち、アッシュの顔を見た。

 数年間ずっと一緒にいる間に、すっかりいろんな一面を知った。

 それはどれもとても楽しくて、一生忘れられない思い出となった。


「アッシュ、ありがとう。あなたのお陰で楽しかったわ」

「俺は何もやってねえだろ。ほとんどぶっ放したのはあんただ」

「あの夜、私の鎖を切って連れ出してくれた」


私は最初の夜を思い出した。


「あの時私を殺さずに、私の話をきいてくれた。一緒にたくさん旅をしてくれた。笑い合ってくれた。美味しいものを分け合って食べてくれたし、私の汚い復讐心も受け入れてくれた。旅で怖い目に遭わなかったのはあなたが守ってくれたお陰だし、寂しくなかったのも、あなたのお陰。二人で潜伏したアパートメントで、あなたが作ってくれた塩味のパンケーキ、美味しかった。夜お酒を傾けながら、あなたが話してくれる北方の話、どれも興味深かった。寒い夜は隣で寝てくれたことも、朝目覚めても変わりなく傍にいて、おはようって髪を撫でてくれたことも、嬉しかった」

「……」

「ああでも、本当は抱いてほしかったわ。だって私、経験したことなかったから」

「馬鹿野郎」

「今、抱いてしまう?」

「無理言うなよ。あんた、本当は何するかわかってないだろ?」

「そうよ。箱入りの令嬢だもの、私」


 私たちは笑い合い、手錠をはめた手を絡めあった。


「……もっと早く誘えよ、馬鹿」

「奪ってほしいって最初から言ってたわよ」


 ――そして永遠とも感じられる夜は終わり。

 私とアッシュは、二人並んで処刑場へ向かう馬車に乗せられた。

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