第5話 崩壊
そして。
アッシュは秘密裏にジェスク公爵の元から『同胞』をこちらへ寝返らせることに成功した。彼らの情報提供により、私たちは特大のネタを手に入れた。
私が婚約破棄されたとき、王太子に取り入ったジェスク公爵の娘。彼女が実はジェスク公爵の血を全く引かない、気に入りの娼館の捨て子であることが明らかになった。
ジェスク公爵は、いずれ出版社とアドシェル侯爵の手により陥落する。時間の問題だった。アッシュはさらに、暗殺の奴隷として飼われていた『同胞』を全て私の元に連れてくることに成功した。
彼らは私を前にして、深く頭を下げて忠誠を誓った。
代表してアッシュが言う。
「ジェスク公爵に弱みを握られ、使いっ走りになっていた『同胞』たちだ。これからあんたの元で働きたいという」
私は正直困った。
「私に仕えなくとも、好きにジェスク公爵に復讐しに行けばよろしいんじゃなくて?」
私はこれ以上手勢が増えても面倒だったし、目立つ北方民族の人々を取りまとめられる自信がなかった。しかし行き場所のない彼らを追い出すのも趣味ではない。
「仕方がないわね。じゃあ当面は、身の回りの警護をしてもらいましょう」
「当面? 力になる人材だぜ?」
アッシュが片眉を上げる。
私は首を横に振った。
「私はもうすぐ死ぬ人間よ。それに、いくら『同胞』アッシュが信用しているとはいえ、私は『悪役令嬢』。北方民族併合を進めたアーネスト公爵の娘よ。理屈ではなく感情で、私の元で働くのはいずれ無理が生じるわ」
「それは……そうだな」
「ここはちょうど港町だから、少しずつこっそりと、船で北方の故郷へと帰るといいわ」
私はしばらく彼らを匿い、そしてアッシュを通じて彼らに路銀を渡し、全員を故郷に帰らせた。
最後の船便を見届けた午後、帰宅途中、アッシュが私を振り返っていった。
「……ありがとうな」
「こちらこそ。アッシュも北方に帰りたくなった?」
「別に」
私の提案にアッシュは肩をすくめて首を横に振る。
「まだ帰れねえよ。あんたはまだ全部をめちゃくちゃにはしてねぇ。最期まで見届けさせてもらうのが俺があんたに付き合う条件だ」
「そう、じゃあ引き続き楽しんでちょうだい」
◇◇◇
そして。ジェスク公爵家は婚約者である王太子と共に権威を失墜した。
王太子の嗜虐性癖は私以外の人間にも働いていたようで、一つ醜聞が露呈すれば、次から次へと、非人道的な王太子の行動が王国全土に詳らかにされた。
「……王太子廃嫡、ジェスク公爵家の当主交代に乾杯」
「乾杯」
月明かりの美しい夜。
私はアッシュと共に生まれて初めての酒を買い、祝杯をあげた。
甘い葡萄酒は優しい味がして、体がふわふわとして美味しかった。
「しかし、あんたは恐ろしい女だな」
葡萄酒を傾けながら、アッシュは私を見てしみじみと言う。
「あんた、箱入りだったんだろ? 父親にもジェスク公爵にも繋がらねぇ、第三勢力がバックにいる出版社、よく知っていたな」
「私はよく王太子に殴られていたからね。吐瀉物の匂いを消しながら片付けるのに新聞は役に立つのよ」
「……」
微妙な顔をするアッシュに、私は笑う。
「うふふ、葡萄酒美味しいわね」
「飲み過ぎんなよ」
「ええ」
「なあ、キサラ」
アッシュは真面目な顔をして、私を見つめて問いかけた。
「キサラは……あんたは、自分の身の潔白は言わなくていいのか」
「何の話……ああ、『父の権威と王太子の婚約者である地位を使い、引きこもって贅沢三昧していた、悪役令嬢』って話?」
「そうだよ」
「どうでもいいわ」
私は上機嫌で葡萄酒を傾ける。ふわっと体が傾くのを、アッシュが強い腕で抱き止めてくれた。
「……アッシュ、綺麗ね」
「酔いすぎだ、ばか」
アッシュの髪に触れ、私は微笑んだ。
「身の潔白なんて、そんなものいらないわ。私のことはあなたが信じてくれているでしょう? 私は死ぬのだから、あなただけがいれば十分よ」
アッシュは何かを言おうとして、ぎゅっと唇を噛み締める。
「寝ろ。もう酒は終わりだ」
私をベッドに寝かしつけると、彼は背を向け――深くため息をついた。
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