第4話 情報
私はそれから情報の集まる港町に拠点を移し、下卑たゴシップ記事で儲ける出版社に声をかけた。
宮廷から姿を消した(死亡説まで流れているらしい)キサラ・アーネストが私だと知ると、彼らは大慌てで後ろ盾の後ろ盾、彼らのゴシップ記事の黒幕のアドシェル侯爵を連れてきた。
彼は父である保守派のアーネスト公爵とも、平民と成金を味方につけたジェスク公爵とも違う。海外貿易と国内情報の流出で富を肥やす、第三勢力の男だった。
私たちを別荘に匿い、アドシェル侯爵はじきじきに会いにきてくれた。
「アドシェル侯爵。私は王宮を追われ、後ろ盾の家も失った『悪役令嬢』です。宮廷の醜聞をあなたに全て提供する代わりに、私を匿っていただけませんこと?」
「噂に聞くより随分と逞しいお嬢さんなことだ。……よろしい、匿おう。ただし、君のアーネスト家にも私は遠慮なく手をかけるが、それでも構わぬかね」
私はにっこりと笑った。
「潰していただいても結構ですよ。父母の顔も、弟たちの顔ももはや思い出せませんので」
「悪いお嬢さんだ」
それから私は彼に、宮廷で得た情報やゴシップ、裏情報を出版社に売り飛ばした。身柄保護を保証になんでも裏話を語ってやるというのはとてつもない利益を生むようで、彼は喜んで私とアッシュを確保してくれた。
私が与えた醜聞や情報を軸に、アドシェル侯爵はジェスク公爵側の勢力をごっそり自らの陣営に入れることに成功し、また海外とのつながりを強化した。
「今日もまた来たのかよ、あのおっさん」
アドシェル侯爵を見送って別荘に戻ると、アッシュが面白くなさそうな顔をして食べ残していたティーフーズを手づかみで食べていた。
私も隣に座り、つまみ取ったスコーンを半分に割る。
「これからあのおっさん、エイゼレアの商人と会談だって?」
「ええ。国が傾いたとき、飛ぶ先を探しているんでしょうね」
「……偉いやつこそ、国が傾くときは国を守るもんじゃねえのかよ」
指を舐めながら、アッシュが呆れた風にいう。
最初にあったときの薄汚れた装いから、こざっぱりとしたシャツとトラウザーズを纏った彼は銀髪さえ隠せば普通の育ちの良い平民男性のようだ。
苦々しい顔をするアッシュに、私は片眉をあげた。
「あなたの『同胞』には……ご立派な方がいらっしゃったのね?」
「……ああ、そうだ」
表情をさっと固くすると、彼は空になった銀のトレイを見つめる。
そこには歪んだ形で、彼の顔が映っている。
「俺の親父は国境に最も近い村の村長で、兄貴も立派な男だった。全ての女子供を逃した後、この国の平民魔術師に降伏した……俺たちの誇りだった」
「……アッシュ……」
「俺は、あの時からずっと……死に損ねている」
その横顔に、私はなんと声をかければいいのか思いつかなかった。
身内に捨てられ、虐待を受け続けてきた私には、身内を敬い愛するという感情が欠落していたからだ。けれど彼の横顔を見ていると、私は自然と――気がつけば彼の手を握っていた。
「……同情か」
「わからない。ただ……私は世界をめちゃくちゃにはしたいけれど、あなたを悲しい気持ちにはしたくなかった」
「……」
「迂闊なことを聞いてごめんなさい。聞かせてくれてありがとう」
「…………ああ」
私たちは黙って、その後しばらく手を繋いだまま傍にいた。
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