第3話 暗殺者と、最期まで。
「なんだよ、噂は全部嘘だったってわけか」
翌日、日中私たちは王都を逃げ出した。
道すがら私が話した顛末に、アッシュと名乗った暗殺者は呆れて天を仰いだ。
私よりずっと背が高く、私より少し年上の物憂げな美男子だった。まるで、孤高の狼のような。
「ったく……同胞を弄んだ悪役令嬢っつーから、喜んで殺しに行ったのに」
まず早朝、乗合馬車に飛び乗って王都を発った。アッシュの言うままに無意味にあちこちを歩き回り、馬車を乗り継ぎ、疲労でぐったりとしたところで辿り着いた場所は、王都から少し離れた川辺の町だった。
「今夜はここに寝泊まりして、明日材木と一緒に川を下って港町を目指す。それでいいか」
「ええ」
旅の夫婦のふりをした私たちは宿屋の同じ部屋に泊まっていた。
「ところであなた、妙に素直に私の話を信じるわね?」
もう少し警戒してもおかしくないだろうに。
道中で平民らしいドレスに着替えた私に、ウィッグに押し込んでいた銀髪をかきあげながらアッシュが笑う。
「信じるさ。あんたは露悪的に振る舞ってるだけの、ただの女だからな」
「そう? 甘く見ていると寝首を掻くわよ」
「ははは、気づいてねえのか」
「なによ」
「胸揉ませた時、あんたは右胸を差し出した」
天を仰ぎ、顔を覆った指の隙間から、男の目が嘲笑うように細くなる。
「鼓動がばれねえようにしたんだろ」
「……」
「それにあんたの口調だ。大切に扱われてるのに慣れた女の言葉じゃねえ。捨て鉢の……そうさな、水揚げを待つ幼い娼婦みたいな言い方だった。怖い癖に、怖さを塗りつぶした」
私はむっとしながらも、目の前で襟を楽にする男を見る。
明るい場所で見ると、彼は案の定北方民族らしい、前髪の長い銀髪の男だった。背が高く細い印象を与えながらも、肩幅と胸の厚みは意外なほどだ。開いた胸板からは火傷の痕や傷跡を多く見る。
絶句していると、アッシュは目をすがめて笑う。
「なんだ、俺の裸が気になるってか?」
「……よほど苦労してきたのね」
「ああ。もう生きるのも飽き飽きしていたところだ」
「暗殺者になる前は、何をなさっていたの?」
「ただの狩人さ。こっちの人間が『北方領域』と呼ぶ俺らの森で、獣を獲って暮らしていた。最期に仕留めて埋めたのはあんたらの平民魔術師兵と、全滅した村の『同胞』だったがな」
「……」
「正直面白い死に方ができるなら、あんたの話に乗っちまうってくらい狂っている。人を殺そうが獣を殺そうが、俺はもう何も感じない」
「……そう」
「おいおい、人を復讐計画に乗せるような女だろ、あんたは? 辛気くさい顔すんなよ」
私は狭い宿屋で、彼の顔を正面から見つめた。
この人と最期の復讐をするのだと――今の感情と景色を、目と心に焼き付けて。
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