第802話 

 聖者様の時代までは王城で行われていたらしい教会トップの代替わり儀式。

 現在は教会自体が様々な理由で当時よりその規模を縮小していることから教会本部で行われるそうだ。

 そんな教会本部に乗り込むのは、僕達夫婦とフィルミー、そして若手文官三人。

 顔と二つ名が広まっているジャンジャックは、威圧感を与えないよう会場の外で何かあった時のために待機してもらっている。

 指示した時こそ僕達から離れることに難色を示した爺やだったけど、有事には好きにして構わないと確約すると、あっさり待機を受け入れてくれた。


【早まったのでは?】

 

 やむなし。

 自分の判断に鼓動が早くなるのを感じつつ、有事と呼ぶような事態に陥らないことを心から祈りながら教会の玄関を潜る。

 儀式の開始時間よりだいぶ早い到着になったけど、今回はベテラン貴族の皆さんも多数出席する場だ。

 若手貴族である僕が遅刻するわけにはいかない。

 フィルミーとともに爽やかな笑みを浮かべながら入場したものの、僕達が身に纏う濃緑の外套を確認した教会の皆さんが、俄かにざわつき始める。

 うわ、本当にきたよ……、とかじゃないよね?

 招かれざる客な可能性を感じて不安になりながら周りを見回していると、白地に銀糸で刺繍を施した、一目でお偉いさんだとわかるお爺さんが近づいてきた。


「ようこそ、ヘッセリンク伯爵様。この度は、まことにありがとうございます」


 豊かなローボイスと、地面につきそうなほど長く白い顎髭。

 うん。

 このキャラで偉いさんじゃなかったら嘘だろう。

 

「こちらこそ、お招きいただきありがとう。不躾にも大勢で押しかけた事を許してほしい」


 僕が右手を差し出すと、老人が柔らかくその手を取りながら頭を下げた。


「とんでもない。過去からのヘッセリンク伯爵家と我々の関係を勘案すれば、突然のお誘いに警戒されても仕方のないことでございます」


 警戒?

 ああ、たくさん人を連れてきたことをそう取ったのか。

 フィルミーはもちろん、デミケルも見ようによっては、というか見るからに武官だからね。


「警戒していないといえば嘘になるが、今日連れているのはほとんどが文官だ。教会指導者の代替わりの儀式などなかなか参加できるものではないからな。経験を積ませるため、若い者を連れてきた」


 僕の言葉を受けた三人が揃って綺麗な礼を見せる。

 この辺りは、元カニルーニャ伯爵家で鳴らしたハメスロットがきっちり仕込んでくれているようだ。


「なるほど。左様でございますか。若い方には退屈な時間となるかもしれませんが、確かになかなか参加できるものではありませんからね。さ、立ち話もなんでございます。控えの間にご案内いたしましょう」

  

 ここまで、この老人に後ろ向きな印象はない。

 表情も声のトーンも穏やかそのもの。

 ヘッセリンクの登場にざわついていた人々も、この老人が姿を現したことですっかり落ち着いている。

 ひとつ探ってみるか。


「ありがとう。しかし、警戒という意味では、そちらもそうなのではないかな?」


 ヘッセリンクとの関係を考えたら、そちらこそ思うところがあるんじゃなあい?

 そんな意図を込めて投げ掛けると、老人は笑顔を崩さず首を振ってみせた。


「それこそまさか、でございます。我々がどれだけ警戒しようと、ヘッセリンク伯爵家に本気を出されては意味を為しません。そうでしょう?」

 

「ふむ。過去にオーレナングに攻め込んできたらしい血気盛んな組織とは思えない穏やかさだな」


 そんな風にさらにもうひとつ探ってみると、ほんの一瞬の間を置いて老人が再び首を振る。

 

「過去は過去。今は今、でございます。さ、こちらへどうぞ」


 受け取り方次第でどうとでも解釈できそうな答えを残して踵を返す老人。

 これ以上この場で問答するつもりはないと態度で示しているように感じたので、僕もそれに従う。


「今日は複数の貴族を招いているのだろう? 既に到着されている方もいらっしゃるのかな? そうであればご挨拶に伺いたいのだが」


 歩きながらそう尋ねると、老人が振り返らないまま応えた。


「はい。上位貴族の方々ですと、ゲルマニス公爵様とロソネラ公爵様が既に到着されております」


「目上の方々に早めに到着されると、私のような若輩は立場がないな」


 オライー、お兄ちゃんもう来てるってさ。

 ゲルマニス公のことだ。

 僕がオライーを連れてくるのを見越して早めに来たのかもしれない。

 

「いらっしゃるのがそのお二人なら、なおさら挨拶をしないといけないだろうな。ロソネラ公はどちらに?」


 僕がそう尋ねると、おやっ? とばかりに老人が首を傾げる。

 

「ゲルマニス公ではなく?」


 貴族の中の貴族と呼ばれるゲルマニス公を後回しにしていいんですか? っていうこの人なりの気遣いなんだろうけど、そこは問題ない。


「ゲルマニス公は挨拶を後回しにされたからといって臍を曲げたりはしないさ。ロソネラ公は経済的な面で我が家の上得意様だからな。先にご挨拶させていただこう」


 上得意も上得意。

 たくさん買って下さるうえに、なんたって金払いがいい。

 なかなか顔を合わせる機会がないから、こういうチャンスは逃さないようにしないと。


「儀式前にお金の話は遠慮願いたいのですが」


「流石に本格的な商談を始めたりはしないさ。……こちらからはな」


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