第801話 歴史書
では、教会からの飲みのお誘いに応じるにあたり、国都に向かうお供メンバーを発表しよう。
文官組より、エリクス、デミケル、オライーの若手三人組。
これは、若手に経験を積ませたいというハメスロットの提案を受け入れての人選だ。
相手の意図がわからないなかでの若手オンリー派遣はなかなかのスパルタ師匠っぷりだが、それだけエリクスとデミケルを信頼し、オライーの早期戦力化を願っているんだろう。
そして、武官組はこちら。
同僚の子供の名付けを成功させて以降、絶好調を維持する鏖殺将軍。
家来衆筆頭、ジャンジャック。
師匠のブレーキと若手のフォローはお手のもの。
常識系竜殺し、フィルミー。
サクリが行くなら自腹でも国都に向かうという強い意思を示した忠義の人。
狂信者、ステム。
文官と武官、計六名体制で臨むことにした。
未知の相手に立ち向かうにあたり、頭脳、腕力とも過不足なしだ。
「教会本部ですか。たしか、ジーカス様が伯爵位を継がれるのと同じ時期に一度代替わりしたはずですね。その際には儀式へのお誘いはなかったと思いますが」
国都に到着し、お茶を飲みながら改めて経緯を説明すると、サクリとマルディを左右に侍らせたママンが分厚い冊子をめくりながら言う。
「そうなのですか」
「ええ。代替わりのお手紙だけが届いてお終い。ジーカス様は誘われても困るから構わないと仰っていましたね。最後に誘われたのは……、『聖者』ルクタス・ヘッセリンク様の時です」
先程とは違う、より古い装丁の本をパラパラとめくりながら頷くママン。
「母上。その書物は一体?」
「ヘッセリンク伯爵家の歴史書です」
歴史書っていうと、歴代当主と魔獣の闘争を中心に展開される、本当にあったアクションファンタジーのこと?
僕も今回のお誘いを受けるにあたって念のために聖者様と毒蜘蛛様あたりの歴史書を読み返したけど、教会の『き』の字も出てきてなかったはずだ。
そもそも表紙から違っている。
「私の知っている歴史書とだいぶ趣が違うのですが」
そう尋ねると、ママンがああ、と納得したように頷いてこちらに表紙を向ける。
「それはそうです。オーレナングに置いてある読み物としての歴史書ではなく、代々のヘッセリンク伯爵夫人がその目で見たものをその手で書き記した、本当の歴史書ですもの」
ママンもあっちの歴史書には思うところがあるんだ、とか思いはしたが、本物の歴史書を目の当たりにしてはそんな野暮なことも言えない。
「それは、控えめに言ってもお宝ですね」
本物のヘッセリンクの歴史が目の前にある。
そんな妙な感動を覚える僕を見て可笑しそうに笑ったママンが、横に座るエイミーちゃんに視線を移した。
「エイミーさんもオーレナングでレックス殿の歴史書を作ってくれているはずです。そうよね?」
え、そうなの? と愛妻を見ると、はにかみながら頷くエイミーちゃん。
妻に対する可愛いで、胸もお腹もいっぱいです。
「レックス様の華々しい活躍の数々をあれもこれもと記した結果、既に四冊目に入っています」
恥ずかしそうにそう言うエイミーちゃんに、ママンが驚いたように目を見開いた。
「まあ! エイミーさんったら。でもわかるわ。仕方のないことです。私も、ジーカス様のご活躍を余すことなく書き記した結果、十冊ではとても足りなかったもの」
ママンの後ろにある巨大な本棚。
上から下まで六列あり、上の方の本を取るには梯子に登らないといけないサイズの本棚の下二段と半分が同じ背表紙だ。
今まで気にも留めなかったけど、きっとあれがママン著、ジーカス・ヘッセリンク列伝なんだろう。
「あれらは、私が読んでもよろしいのでしょうか」
僕がそう尋ねると、ママンが微笑みを浮かべる。
だが、油断してはいけない。
あれは、間違いなくラスブランスマイルだ。
「あ、結構です。僕が野暮でした」
実母のいい予感ゼロの笑みに躊躇うことなく撤退を選択すると、ママンはゆっくりと首を振った。
「読むことは妨げませんよ? ただ、どうなっても知りませんが、ね?」
何が起きるって言うんだよ教えてコマンド!!
【乙女の秘密を暴くような男には、きっと何かしらの罰が与えられるでしょう】
信じられないくらい声震えてるよ?
とりあえず、知ってても教えられない何かが起きるのは理解した。
「話の腰が折れましたね。さて、母上。事が済むまでサクリとマルディのことをお任せしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。サクリは元気いっぱいで溌剌としているし、マルディは小さい頃のレックス殿にそっくり。こんなに可愛い二人、ずっと預かっていてもいいくらいですよ?」
本を置いたママンが、そう言いながら子供達を抱きしめると、大好きなお祖母ちゃんからのハグに二人はきゃっきゃと声を上げる。
「そう言っていただけると助かります。なんせ教会の出方が読めません。子供達と屋敷の守りとして、念のためにこのステムを置きますので」
子供達付として待機してもらっていたステムを示すと、ママンが小さな召喚士にラスブラン味を消して微笑みかける。
「ええ。ステム、よろしくお願いしますね?」
「承知した。このステム、姫様とそのご家族の敵に容赦するつもりはない。必ずや期待に応えてみせる」
ママンの前で胸に手を当て片膝をついて見せるステム。
紆余曲折はあったが、この引き締まった表情を見れば、誰もが立派なヘッセリンクの家来衆だと認めることだろう。
「ステム、かっこいい!!」
……娘の声援を受けた瞬間、これでもかと頬が緩んだのは、見なかったこととする。
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