第800話 情報共有
今頃地下では怒れる毒蜘蛛様を主役とした、ヘッセリンク大武闘会が開催されている頃だろう。
僕も帰る間際に参加していくかい? と初代様から軽い調子で誘われたが、現役はやることがあって忙しいからと丁重にお断りした次第だ。
そんな地獄絵図直前の地下から帰ってきた僕は、毒蜘蛛様のプロポーズ以外の情報を共有すべく、家来衆を食堂に招集する。
「みんな。忙しいところすまない。僕からの招集で不安を感じているかもしれないが、今すぐドンパチが始まるいうわけではないから楽にしてくれ」
そう伝えると、また騒動かと不安げだったアデルやビーダー、イリナあたりからほっと息を吐く音が聞こえた。
逆に、ドンパチやらかさないのかとばかりに肩をすくめたジャンジャックが、なんともつまらなそうに口を開く。
「教会側から接触があったとか。珍しいこともあるものです」
「ああ。教会とヘッセリンク伯爵家の間に、なにやら確執めいたものがあるという噂がまことしやかに流れているわけだが、いい機会だからその点についてみんなに説明しておこうと思ってな」
僕が言うと、メアリが不思議そうに首を傾げる。
「当然確執くらいあるんじゃねえの? 教会なんて清廉潔白でござい! みたいな組織が、ヘッセリンクと仲がいいわけねえし」
そんな言葉に、一部狂信者を除く大半の家来衆が同意するように頷いた。
これに関しては僕も反論の材料を持ち合わせていないので触れずに話を進めることにする。
「まあ、理由はともかく確執があるという点については今メアリが言ったとおり事実だ。騒動の主役は僕の曽祖父、毒蜘蛛ジダ・ヘッセリンク。そしてもう一人、曽祖母であるグリエ・ヘッセリンク」
「噂では、当時教会に身を置いていたひいお祖母様と恋仲になったひいお祖父様が、邪魔な教会自体を表舞台から退場させたとか」
ハメスロットが、ステムやガブリエなどの噂を知らないだろう家来衆のためにそう説明してくれたけど、嫁取りのために邪魔者を消すとかそれはもう魔王の仕業だろう。
「どこの与太話だよ! ってならねえのは、ヘッセリンクが絡んでるからなんだろうな。それで?」
「噂の筋は概ね間違ってはいないが、細かい点がところどころ違っているんだ。まず、確かに曽祖母は教会に属していたが、教会の指導者的立場にあったという点」
ただの教会所属の女性じゃなくて、トップに君臨する聖女様だったと説明すると、家来衆からどよめきが起きた。
「それはそれは。偉い人じゃないか。なるほど。そんな人を好いたなら、強硬手段に出るのも頷けるね」
ガブリエが納得がいったとばかりに頷き、ユミカが瞳を輝かせながら手を叩く。
「毒蜘蛛様かっこいいね! 好きな人のために教会? と戦ったんだ!」
ニッコニコのユミカには本当に心から申し訳なく思うけど、そこも微妙に間違いだということが今回判明しました。
「積極的にヘッセリンクへの嫁入りを望んだのは曽祖母の方で、毒蜘蛛様は最後まで逃げ回っていたらしいが、な」
【なお、毒蜘蛛様も最初から悪くは思っていなかった模様】
そうそう、それが大前提ね。
むしろ毒蜘蛛様側も一目惚れだった可能性まである。
照れ屋さんなひいお祖父ちゃんが無駄に逃げ回ってただけです。
「なるほど。逃げ回ったうえで、毒蜘蛛様も捕まったわけですね」
エリクスがそう呟き、意味ありげな視線をメアリに向ける。
「……なんだよエリクス。言いたいことがあるなら遠慮しなくていいんだぜ?」
「いえいえ、別に。ただ、友人に似たような話があったなあと」
ニッコリ笑いながら首を振るエリクスに、メアリがてめえ! とかなんとか言いながら跳びかかる。
はーい、そこ。
先生まだ話してるからいちゃいちゃしないよー。
「まあ、世間に伝わっている経緯がどうあれ、着地点は変わらないのだが。最終的には、家来衆の手厚い支援を受けた曽祖母の攻勢に毒蜘蛛様が白旗を上げ、二人はめでたく夫婦になった」
経緯を簡単に示すと次のとおりです。
色々あってひいお祖母ちゃんがオーレナングに住む。
猛アプローチ開始。
家来衆がひいお祖母ちゃん側に付く。
毒蜘蛛様が白旗を上げる。
ゴールイン。
「大事なとこ端折るなよ。教会どこいった?」
確かに、今の説明だけだったらただの素敵なラブロマンスだね。
教会が出てくるのは、毒蜘蛛様が白旗を上げてからゴールインするまでの間。
なので正確には、白旗を上げる→ヘッセリンクから教会へのダイレクトアタック→ゴールイン、となるだろうか。
「当時伯爵位にあったルクタス・ヘッセリンクが、二人の仲を認めるよう教会を説得したそうだ」
「説得、ですか。その後から急激に教会が勢力を弱めていったことや、我が家との関係が断たれていることを考えれば、よほど激しい説得に遭ったのでしょうな」
ヘッセリンクの説得を受けた教会側の苦労を想像したらしいハメスロットが、眉間に皺を寄せながら言う。
「文官が質、量ともに揃っている今ならともかく、当時は腕力による説得一本だっただろうからな。まあ、教会側も曽祖母を取り返すべくオーレナングに攻め込んできたそうだから、昔はどの勢力も血の気が多かったということだろう」
「それで? 俺達は今後教会と事を構える可能性があるってことを頭に入れとけばいいのか?」
「そうだな。教会の誘いに応じて僕とエイミーは国都に向かう。供については後日発表するが、誰が選ばれてもいいよう、仕事を前寄りに進めるよう頼む」
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