第798話 『聖者』ルクタス・ヘッセリンク

 普段も暴れん坊だけど、それと比べてみても拳は荒々しく、蹴りは死神の鎌も真っ青というレベルでキレッキレの毒蜘蛛様。

 対するは、『炎狂い』プラティ・ヘッセリンク、『巨人槍』ジーカス・ヘッセリンク、そして僕、『愛妻家』レックス・ヘッセリンクという直近三当主。

 八つ当たり的に巻き込まれたことで心から不機嫌そうなパパンをトップに置き、グランパがそんな息子をフォローするよう最後方で魔法使い的に振る舞う。

 二人の間で遊撃的なポジションをとる僕は、地下では初お披露目となるタイガーフォームのミケを毒蜘蛛様にぶつけつつ、マジュラスにディフェンス面を任せる形をとった。

 いつにも増してハイテンションで殴りかかってくる毒蜘蛛様に普通なら舌打ちの一つも返すものだけど、今回は照れ隠しで不機嫌風を装っていることが見え見えなので、いつものような言葉の通じないバトルジャンキー味は感じられず、むしろ心に余裕が生まれているのが不思議だ。


「父上……だとわかりづらいことこの上ないので二つ名でいきましょう。威勢の割には普段の迫力が感じられませんよ? 毒蜘蛛殿」


 牽制するように礫大の火の玉を連射しながら積極的にグランパが煽っていくと、自分でも本調子ではないことを理解しているらしいひいお祖父ちゃんが苦々しげに顔を歪める。


「うるせえよ炎狂い! てめえのその軽い口、簡単に開けねえようにしてやるからなあ!!」


 そう絶叫しながら、グランパに向かい地面を割る勢いで飛び出そうとする毒蜘蛛様。

 しかし、それを遮るようにミケがサーベルを振るい、ひいお祖父ちゃん相手に槍は不利になると素手での殴り合いを選択したパパンが躍り掛かる。


「簡単にはいきませんよ? 私達三代は、厄介な生き物ですから」


 脅威度の低い魔獣くらいなら弾け飛びそうな勢いの拳を打ち込みながら、鼻を鳴らすパパン。

 そんな殺人パンチをがっちりと受け止めたひいお祖父ちゃんは、照れ隠しの不機嫌風を維持しつつ前蹴りを放ち、自らの孫を間合いから追い出したうえで言う。


「てめらが厄介なことなんて百も承知だっての。ただ、お前らこそ忘れてねえか? 俺が、とんでもなく厄介な生きもんだってことをなあ!!」


 毒蜘蛛様がそう気炎を上げ、僕達が身構えたその時。

 地下の奥から、青い光が高速で迫ってくるのが見えた。


「下がりなさいレックス!!」


 あまり聞いたことのないグランパの焦りを含んだ声に身体が自然と反応し、召喚獣達とともに大きく下がった瞬間、迫ってきた青とグランパの放った赤が衝突する。

 グランパがあんなに焦るなんて珍しいなあ、なんて呑気な感想を思い浮かべる暇もない。

 なぜなら、魔法の衝撃が収まっていないそばから、毒蜘蛛様がグランパ目掛けて突っ込んできたから。

 

「ミケ! 毒蜘蛛を止めろ! マジュラス! 後ろで狙ってる性悪を抉れ!!」


 相殺するための魔法を撃ってほんの少し体勢が崩れただけの、そんな隙ともいえないような隙を狙ってグランパに迫った毒蜘蛛の拳は、ミケによってすんでのところで防ぐことが出来た。

 しかし、地下の奥に向けて伸びたマジュラスの瘴気も、青い光に相殺されてしまう。

 青い光ってことは、あの人だよなあ。

 誰が参戦してきたかを理解して顔を顰めたのは僕だけじゃない。

 パパンも、グランパも、そしてひいお祖父ちゃんも一様に眉間に皺を寄せていた。


「初めから見ていましたが、素晴らしい連携でしたね。プラティ、ジーカス、それに、当代」


 姿を現したのは、予想していたとおりの人物。

 拍手をしながら僕達を称賛してみせた、ニコニコ笑顔と7:3に分けられたロマンスグレーが素敵なおじ様は、ルクタス・ヘッセリンク。

 毒蜘蛛ことひいお祖父ちゃんのパパで、二つ名は、ヘッセリンクにあるまじき、『聖者』だ。


「なんのつもりだよ、親父」


 噛み付かんばかりに歯を剥き出して威嚇する毒蜘蛛様とは対照的に、聖者様はあくまでも善人全開の笑顔で応える。

 

「なんのつもりもなにも。可愛い可愛い息子が虐められていたので、居ても立ってもいられず参戦しただけです。はい、どうぞ」


 聖者様が手をかざすと、それまで僕達三人によって付けられた毒蜘蛛様の傷が綺麗さっぱり消え失せた。

 この人の参戦を察して僕が顔を顰めたのはこれが理由だ。

 卓越した水魔法による攻撃面はもちろん、この癒しの力が厄介極まりない。

 完全回復手段のあるボスキャラと言えば伝わるだろうか。


「お祖父様。いえ、この場の規則に則りますか。飛び入り参加はご遠慮ください、聖者殿」


 グランパの言葉に、聖者殿がちっちっち、と指を振る。


「い、や、で、す、よ。聖者などという二つ名を冠していた私が、息子を見捨てるなどどうしてできるでしょうか」


 そう言いながら気安く息子さんの肩を抱こうとする聖者様だったが、毒蜘蛛様はその手を面倒くさそうに跳ね除けた。


「あんたに見捨てられた回数は両手の指じゃ足りねえぞエセ聖者が」


「それは誤解です。私がお前を見捨てるわけないじゃないですか。見捨てたのではなく、売り飛ばしただけですよ? 可愛い息子よ」


「死ね!」


 酷いやりとりを見た。

 いや、この人達のやりとりは大体こんな感じだけど。

 聖者様は見た目も語り口も地下でトップクラスに優しいけど、腹にイチモツもフタモツも抱えてそうで怖いんだよなあ。

 ひいおじいちゃんが歪んだのはきっとこの人のせいだ。


「さて、当代。なんでも教会とヘッセリンクの関係で知りたいことがあるとか」


 怒れる毒蜘蛛様の拳を顔面に受けて鼻血を流していたのに、慌てず騒がずセルフ癒しを施して何事もなかったように話しかけてくる聖者様。

 真意の見えない瞳に見つめられたことで背中に冷たい汗が流れたが、当代伯爵として目を逸らさず、言う。


「いえ。知りたいのはひいお祖父様とひいお祖母様の馴れ初めです」


「クソガキって、おい! はなせテメエら!」


 直近三代の連携は伊達じゃない。

 僕の言葉に反応しようとした毒蜘蛛様を、グランパとパパンと初代様が抑え込む。

 ……初代様!?


「まあいいじゃないかジダ。久しぶりに君と奥方の話を聞かせておくれよ」


「どっから湧いて出やがった初代のジジイ!!」

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