第797話 連帯責任

「というわけで、なにがあったのか教えてくださいお祖父様」


 教会勢力との百年に及ぶ確執について詳細と真実を確認するため地下に降りた僕は、より情報をもってそうなグランパを捕まえてそう尋ねた。

 

「なぜ私に聞くのですか。噂の本人がいるのですから直接聞けばいいでしょうに」


 噂の本人である毒蜘蛛さんに聞くことが一番手っ取り早いことなんかもちろん理解しているが、そのために負わされるであろうリスクがあまりにも重いことも理解している。

 

「わかっていて言っているでしょう?」


 相変わらず意地の悪い祖父にそう尋ねると、ニヤニヤと笑いながら言う。


「ただで情報を得られるものではないということです。大人しく毒蜘蛛の餌食になってきなさいな。それともなんですか? 父上より私のほうが与し易いとでも?」


 毒蜘蛛と炎狂いのどっちがより与し易いかだって?

 そんなの考えるまでもない。


「与し易いとしても微々たるものでしょう。お二人の人間性は似たり寄ったりですが、まだお祖父様のほうが話が通じそうな、そうでなさそうな。そんな気がしたので」


 言外に、似たもの親子過ぎて差なんかありませんよ? と伝えたところ、本当に嫌そうに眉間に皺を寄せるグランパ。


「生前はレプミア一の紳士と謳われた私を捕まえて失礼な孫ですね」


 どこ調べですか?

 たとえ森の魔獣に聞いてもそんな評価になるわけがない。

 なんて考えてたらもちろん比喩じゃない方の火の玉ストレートが飛んでくるわけだけど、これは余裕を持って躱していく。

 これでも鍛えてるんだ。

 行動の先読みができれば、いくら高速の火の玉でも避けられるさ!


【若干襟足がチリチリしてますが】


 僕基準ではセーフ。


「まあ、いいでしょう。今回は父の尻拭いを孫にしてもらうのですからね。とは言うものの、教えることはありません。噂がそのまま真実です」


 ですよね、知ってました。

 

「つまり、ひいお祖父様がひいお祖母様を強奪するために教会勢力を地獄に引き摺り落としたということで間違いないでしょうぉっと?」


 チリチリの襟足が良からぬ気配を察したのでノールックでしゃがみながら振り向くと、右足を振り抜いた格好の毒蜘蛛さんと目が合った。


「お? 叩き折るつもりでいったってのに、よく避けたじゃねえか小僧」


「なにをするんですかひいお祖父様!! 貴方の蹴りなどまともにくらったら、私のような普通の魔法使いはあっという間にあの世行きですよ!!」


 そう抗議しながら距離を取る僕に、毒蜘蛛さんが呆れたように肩をすくめる。


「俺の蹴りを見もせず避けるやつのどこが普通の魔法使いだよ。それより、余計な詮索すんな。教会が一方的にヘッセリンク嫌ってるだけだ」


 普段どおりの乱暴な態度なんだけど、おかしいな。

 いつものキレが感じられない。


「お祖父様?」


「一方的に嫌っているというのは本当でしょうね。なぜといって、こちらはあちらに興味がないのですから」


 僕の目配せを受けて真顔で頷いて見せたグランパだったが、一度言葉を切ったところで楽しくてしょうがないといった風に唇の端を吊り上げた。

 

「ただ、言っていないことがあるだけです。そうですね? 父上。レックスも当代当主として頑張っていることです。しかも、これまで接触のなかった教会から宴の誘いが来たとなれば、隠し事はよろしくない」


「てめえは俺をいじって楽しみてえだけだろうがバカ息子」


 額に青筋を浮かべたひいお祖父ちゃんがグランパに殴りかかると、ニヤニヤ笑いを張り付けたまま滑るように後退していく。


「はっはっは! それはもちろん。大丈夫ですよ父上。父上が母上可愛さのあまり教会を叩き潰したなんて、レックスには教えませんから」


 まじで!?

 おいおい、毒蜘蛛さん。

 それは愛の戦士過ぎない?


【レックス様もアルテミトス侯爵領を叩き潰す寸前でしたし、プラティ様はジャルティクを荒らし回りましたね】


 ……そう聞くと、パパンの恋模様が一番まともなのかもしれない。

 我関せずと槍を抱えてこちらを傍観していたパパンに視線を向けると、何かを察したように鼻で笑ってみせた。

 なんだかわからないけど明日は親子喧嘩の気分です。


「教えねえって言ったそばから吐きやがって! そもそもそれ自体が事実じゃねえ! おう、この胡散臭え爺の言うことなんか信じるんじゃねえぞ小僧」


「尊敬してやまないお祖父様の仰ることを疑うなんて、とてもとても」


 リスペクトしてるグランパを胡散臭いだなんてやめてほしいなー。


【最近では一番楽しそうです】


 傍若無人の権化のような毒蜘蛛さんの恋模様なんて、そりゃあもうウッキウキですよ。

 ただウッキウキなのはこっちだけで、ひいお祖父ちゃんはもちろん怒り心頭だ。


「ようし。よくわかったぜクソガキ共。てめらそこに並べ。本気で仕置きしてやる」


 結局こうなるのか。

 仕方ない、やりますか。

 調子に乗った結果毒蜘蛛さんにロックオンされた僕とグランパを見て、パパンが腹を抱えて笑っている。

 しかし、その笑いはすぐに止んだ。

 

「何笑ってやがるんだジーカス。親父と倅の教育が甘え。てめえも来やがれ」


「なぜ!?」


 連帯責任ですって。

 そんな顔せず、一緒に地獄に行きましょうぜ? 

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