第795話 宴の誘い

 配属当初は日々の業務でよれよれになっていたオライーも、先輩家来衆達からの懇切丁寧な指導とユミカから送られるエンジェルエールにより徐々に生気を取り戻していった。

 若いんだから二日三日寝なくても死なねえだろ! なんていうつもりはもちろんなく、真面目で思い詰めるようなところのあるオライーに、以前のエリクスと同じようにしっかり食べて眠ることを義務付けたことも奏功したようだ。

 マハダビキアの作る若者向けスタミナメニューはボリューム満点で、エイミーちゃんにも大好評です。

 そんな風にオライーが我が家に馴染んできたある日。

 半泣きで魔獣討伐報告書の山に埋もれている僕のもとにオライーがやってきた。


「伯爵様宛に文が届いております」


 書類に埋もれた僕の状態にも慣れたらしい。

 こっそり涙を拭う伯爵様というファニーな光景にも特に反応をみせず、手紙を差し出してきた。


「すまないが、ジャンジャックとオドルスキが森で行った競争の事後処理をしていて手が離せないんだ。あとで確認するからそこに置いておいてくれ」


 お互い絶好調な筆頭&次席家来衆が、連日二人仲良く森に出かけては大量の魔獣を狩ってくるものだから金庫が潤う潤う。

 そして、僕の机に書類が積み上がる積み上がる。

 そこに他の家来衆達の成果も加わるものだから、日中に森に出ることができないどころか、最近は執務室からも出ていない。

 

「申し訳ございません。ハメスロットさんから可能な限り速やかにお目通しいただくようにと言われておりますので。こちら、よろしくお願いいたします」


 ホワイト貴族としては、上司からの指示を実直にこなそうとしているうえに、本当に申し訳なさそうな顔で手紙を差し出す若者を無碍にもできません。

 

「そう言われてはやむを得ないな。報告書を作るのにも飽きてきたことだし、先にそちらを確認しようか」


 オライーから手紙を受け取って裏を見ると、本と杖を模した印が押してある。

 本と杖?

 

「見たことのない印だな。とすると、貴族からではないのか」

 

「仰るとおり、これは教会本部の印です」


 教会……?

 ああ、思い出した。

 以前コマンドの授業で聞いたことがある。

 全能の神と呼ばれるレメシオ神を信奉する団体の総本山。

 エスパール伯爵領にある聖サクラミリア教会のように各地に拠点を持っていて、十貴院に所属するトルキスタ子爵をはじめ、複数の貴族が支援している組織、だったよね?


【大正解。花丸を差し上げます】


 ありがとう。

 そんな教会さんは結構な歴史を有する組織らしいが、少なくとも僕が伯爵位についてからは接触などなかったはず。

 これまで距離を置いていたのに、一体なんの用だろうか。

 僕のそんな疑問に、オライーも頷いてみせる。


「ハメスロットさんも首を傾げていらっしゃいました。過去の経緯を考えれば、先方がわざわざ接触してくる理由がわからないと」


 過去の経緯。

 それは、歴史書に載っていないし、載せてはいけない類の本当にあった怖い話のことだろう。

 なんでも、僕から遡ること三代から四代前のとあるご先祖様達が、権威ある教会勢力に真正面から喧嘩を売り、めちゃくちゃに引っ掻きまわした挙句権力を引っ剥がしたそうだ。

 なんでそんなことを知っているかって?

 僕の二代前のご先祖様であるグランパがそう言ってたから。

 ちなみに、これは貴族、平民問わず公然の秘密ということになっているらしい。

 

「世間では、教会相手に毒蜘蛛様が散々やらかしたことになってるらしいな。いや、トドメを刺したのは聖者様だったか?」


 そこまでバレてて公然の秘密もあったものじゃないけど、教会側でもヘッセリンク側でもお互いなかったことになってるんだってさ。

 きっと、当事者同士で何らかの擦り合わせが行われたんだろう。


「そのあたりは、兄から噂だと念押しされた話しか存じあげません。ただ、噂にしても酷いというかなんというか」


「ヘッセリンクが絡んでいる噂はすべからく酷いと表現して差し支えないものばかりだが、その中でも上位の酷い噂だ。まさか、一貴族が当時隆盛を誇っていた教会権威を失墜させたなどと」


 そんなことあるわけないじゃないですかやだー。

 という白々しい反応をしてみせる僕に、オライーが信じないと言うようにゆっくりと首を振る。


「何が起きても、ヘッセリンク伯爵家ならあるいは、というのが世間のもっぱらの評判です。教会権威の一つや二つ落としていても、なんら不思議ではないと思います」


 おやおや、これはだいぶ誑惑公さんに毒されてるな。

 毒抜きするために、森林セラピーなんてどうだろうか。

 すぐ近くに穴場の森があるんだけど。


【ブラック貴族まっしぐら】


 純白ですけどね。

 とりあえずひいおじいちゃんのバイオレンス伝説は一旦置いておき、手紙の封を破って中身に目を通してみる。

 ……なるほど。


「色々書いてあるが、要は宴への招待状か」


 指導者が代替わりするのに合わせて国都でお披露目の宴を催すらしい。

 で、参加できる貴族の皆さんに声をかけていると。

 昔のことがあるのによく我が家に声をかけたな。

 いや、お互いなかったことにしてるから呼ばないとおかしなことになるのか?

 念のためにグランパかパパンの代に同じ催しがなかったか確認するとして。


「オライー。すまないが、エイミーとハメスロット、それにエリクスとデミケルを呼んできてくれ」


「御意」


 愛妻と文官チームを召集。

 参加の可否から、先方の思惑まで検討しようじゃないか。


「ああ、もちろんお前も話を聞いておいてもらうぞ? 文官としての初の大仕事になるかもしれないからな」

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