第793話 未来の支柱達  ※主人公視点外

 デミケル君のお祖父さんが、オーレナングに来た時とは別人かと思うほど気力を充実させて帰っていきました。

 体調が悪いという文を受け取った時の彼の落ち込みようといったらお師匠様から休みを取れと指示されるほどでしたが、お祖父さんを見送って戻ってきた同僚の晴れやかな表情を見て、自分もお師匠様もほっと胸を撫で下ろしたものです。


 お祖父さんが帰って数日後。

 最近では珍しく、メアリさんから自分とデミケル君にお酒の誘いがありました。

 メアリさんが結婚する前はちょくちょくあったのですが、今は子育て真っ最中ですからね。

 自分達もお誘いは控えていたのですが、クーデルさんからたまには男同士で飲んでくるようにと指示があったそうです。


「祖父さん、元気になってよかったな」


 食堂で、ザロッタ君の用意してくれた肉の端っこと屑野菜の煮込みをつつきながらメアリさんが笑みを浮かべると、デミケル君が頷きます。


「ええ。これで実家も安泰、ロソネラの海も安泰ってもんです。伯爵様と先々代様には感謝してもしきれません」


 常識的な酒精のお酒を既に三本程空け、頬をうっすら赤くしているデミケル君が感激したようにそう言います。

 

「俺の舎弟だったら気合い入れろ! ってか? 死にかけてた老人相手に厳しいよなあ。流石は炎狂いだわ」


「ある意味の優しさだと思いますよ? メアリさんも、ザロッタ君が料理人を目指すと決めた時、同じように叱咤したんでしょう?」


 皮肉げに笑うメアリさんにそう尋ねると、まさに叱咤された側のザロッタ君が厨房から顔を覗かせ、うんうんと頷いてみせました。


「少なくとも俺はあいつにナイフ投げたりしなかったけどな。ああ、そうだ。兄貴に聞いたぜ? 嫁探しするらしいじゃん」


 デミケル君が頬を紅潮させてるということはつまりもちろんメアリさんは酔っています。 

 なので会話が色々飛んでいきますが、これは自分も聞いておきたかった話題です。


「もう知ってるんですね」


 頭を抱えてテーブルに突っ伏すデミケル君。

 そんな後輩に、呆れたように肩をすくめてみせるメアリさん。


「そりゃそうだ。情報共有は基本だろ」


 仰るとおりです。

 しかし、共有元が伯爵様なので、絶対面白いからみんなで取り組もうぜ! というのが本音だと思います。


「実際、お師匠様に王城に誰か紹介してくれと文を出すよう今朝指示されていたよ?」


 自分からのそんな情報共有に、突っ伏していたデミケル君がガバッ! と顔を上げ、これでもかと苦い表情を見せながら言いました。


「……朝一で止めてくるわ」


 果たして間に合うだろうか。

 お師匠様のことだから既に文を送り終えていても驚かないけど。

 そんな事を考えていると、メアリさんが不思議そうに首を傾げました。


「なんでだよ。いいじゃねえか。ここにいたら、祖父さんが召されるのが先になっちまうぜ?」


「いや、おかしいでしょ。伯爵様には、ヘッセリンクの家来衆として愛のない結婚をするわけにはいかないとしっかり伝えたぜ?」


 それを聞いた伯爵様の弟分は、そりゃ関係ねえわ、と言いながら手をブンブン振り回します。

 そろそろ限界が近いらしいので、クーデルさんを呼ぶようザロッタ君にお願いの合図を送っておきましょう。


「仲が良すぎてみんな忘れてるみてえだけど、兄貴とエイミーの姉ちゃんも見合いだからな。あの二人は出会った瞬間恋に落ちました、みたいな展開だったけど、とりあえず出会いがなきゃ始まらねえってことだろ」


 確かに、まるで大恋愛を経たような仲睦まじさですからね、当主ご夫妻は。

 お二人がお見合いだったことや、すぐに森で結婚を申し込んだことを聞いた時は驚いたものです。


「オーレナングには人自体が少ないですからね。現状結婚されていないのは、ガブリエさんとステムさんですか」


 そう言った自分に、メアリさんが首を振ってみせます。


「アデルおばちゃんもそうだろ。まあ、ビーダーのおっちゃんにぶん殴られる覚悟があるなら候補にいれてもいいんじゃね?」


 それを聞いて目を丸くしたのはデミケル君。


「え、あのお二人ってそうなんですか? 知らなかった」


「まあ、今更どうこうないんだろうけどさ。若い頃はビーダーのおっちゃんがアデルおばちゃんに何度も結婚してくれって頭下げてたらしいぜ? ってことで、いよいよガブリエの姉ちゃんかステムになるわけだ」


 やや呂律が怪しいメアリさんの言葉に、デミケル君が今日何度目かの渋面を作ります。


「いや、そもそも祖父さんに言われたからって急に同僚をそういう目で見るのは失礼でしょ。そんなことであの人達に嫌われたくねえよ」


 正論ですね。

 そう思ってメアリさんに視線を向けると、こちらもうんうんと何度も頷いていました。


「そりゃそうだ。でもまあ、ガブリエの姉ちゃんはともかく、ステムの奴なんか、ヘッセリンク大好き同士で話が合うんじゃねえの? たまに二人でヘッセリンク談義してるんじゃなかったか?」


「それはしてるけど。俺の忠誠がヘッセリンク伯爵家に向いてるのに対して、ステムさんはサクリお嬢様個人だろ? いつもそこで食い違ってボークンの奴をけしかけられるんだよ」


 とんでもないことを吐いてくれる後輩。

 そう言えば、たまに怪我をしてることがあるけど、それが原因?

 そんな自分の視線に気付いたデミケル君が、慌てたように手を振ります。


「いや、違うんだよエリクスさん。襲われてるってより、戯れつかれてる感じ? えらく懐かれてて毎回顔がベッタベタになるまで舐めてくれるんだけど、力加減が、ちょっと」


「仕事に支障をきたさないなら構わないし、ボークンも賢い子だから大丈夫だと思うけど、気をつけるんだよ?」


 心配なのはステムさんの悪ノリだけですが、そこは天に祈りましょう。


「ま、お前が誰とくっつくにしても、その愛ってやつがあるなら反対しねえよ。兄貴みてえに降って湧いてくることだってあるだろうし、さ……ぐぅ」


 そう言ったっきりテーブルに伏せて寝始めたメアリさんを、まるで見計らったように回収しに来たクーデルさんに引き渡します。

 素敵な笑顔を浮かべながらメアリさんをお姫様抱っこして消えていったクーデルさんを見送りながら、デミケル君が呟きました。


「あれが夫婦か……」


 うん、夫婦だけど、あのお二人はほんのちょっとだけ特殊かな?

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