第792話 愛の伝道師
デミケル祖父は、本当にその日にロソネラに向けて出発してしまった。
可哀想なのはお供の男達だ。
フィルミーに潰されて二日酔いでフラフラなのに、酒が抜け切る前に南にとんぼ返りなんて、同情せざるを得ない。
せめてもの慰めは、お土産の竜肉が間に合ったことだろうか。
ジャンジャックとガブリエという、我が家の誇るノーブレーキコンビによって今朝方運び込まれたアサルトドラゴン。
本当なら今夜の晩御飯にする予定だったんだけど、急遽帰ることになったお客様のためにマハダビキアとビーダーの手で塩漬けにされた竜肉は、ロソネラで美味しくいただかれることだろう。
その夜。
酒瓶を抱えたデミケルが僕の仕事部屋を訪ねてきた。
彼が一人でやってくるのは珍しいが、今回の対応の礼がしたいと言われれば断る理由もない。
念のためにあの酒蔵のものではない、良心的な度数の酒であることを確認したうえでグラスに注ぐと、デミケルが深々と頭を下げる。
「この度は、祖父のためにご尽力いただきありがとうございました。伯爵様と先々代様のおかげで、祖父ももう少しこの世に留まってくれる気になったようです」
僕はデミケル祖父をご招待しただけなので尽力もなにもないが、今回のMVPは満場一致でプラティ・ヘッセリンクだろう。
「流石は炎狂いといったところか。色んな意味で火をつけるのがお上手でいらっしゃる。まあ、あの人に火をつけられたら大半があっという間に丸焦げになるのだろうが、祖父殿は上手く生きる力に昇華されたということだ」
気力の萎え切った老海賊を見事に立ち直らせてみせた、圧倒的な言葉の力と微量の暴力。
あれを見せられては、当代伯爵様としては参りましたと言う他ない。
「祖母も、元気になった祖父の姿を見たら喜ぶことでしょう。なんだかんだで、祖父を愛しているようですから」
身内の愛を、照れくさそうに語るデミケル。
「祖母殿も先々代とは旧知の仲のはず。今回一緒に来ていれば、会わせてやることもできたのだがな」
一緒に来てたら、女海賊さんの尖ったエピソードもポロリしてたんだろうか。
いや、グランパは女性に優しいからな。
その場合でも嬉し恥ずかしエピソードを暴露されるのはデミケル祖父だけだっただろう。
「祖父も父も兄もいないとなると、海を締められるのは祖母しかいませんので。女海賊の影響力は、一部では祖父を上回ります」
それはすごい。
その事実一つとっても、若い頃のデミケル祖母がどれだけ暴れていたかが窺い知れるというものだ。
機会があれば今度は二人とも招待させてもらうか。
「しかし、デミケル。祖父殿の生きる目標に据えられては、ダラダラしてもいられないのではないか?」
「……祖父を喜ばせてやりたい気持ちはありますが、まったく当てがありません」
僕の問いかけに、デミケルが思い切り顔を顰める。
嘘をついているようには見えないな。
「ふむ。学院在籍時に浮いた話はなかったのか?」
青春時代の甘酸っぱいエピソード、カモン。
【レックス様が聞きたいだけじゃないですかやだー】
知り合いの学生時代の恋愛話なんて、ウキウキとワクワクしかない。
【同意】
話がわかるね兄弟。
そんなウキウキワクワクを顔に出さないよう細心の注意を払って尋ねた僕に、デミケルはゆっくりと首を横に振ってみせる。
「祖父も申し上げましたが、いかんせんこの見た目ですからね。異性がとっつき易いとは言えません。そうでなくてもロソネラ公のご期待を裏切ってはいけないと、そっち方面に時間を割く余裕はありませんでした」
【BOOOO!!】
恋バナに期待してたのはわかるけどブーイングはやめなさい。
しかし、勿体なくはある。
「穏やかで真面目。世間一般的な水準に照らし合わせれば腕っ節も強い。そして勤め先は十貴院に属する有名貴族ヘッセリンク伯爵家だ。総合的に見て、お前は間違いなく好物件なのだがな」
僕がそんな感想を漏らしながら肩をすくめると、デミケルが苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げた。
「過分なお言葉をいただき感謝いたします。しかし、祖父を喜ばせるためだけに相手を探すのは違うのではないかと。私もヘッセリンクの末席に座る者です。やはり、愛のない結婚は許されないでしょう」
「それでこそ僕の家来衆。まあ、祖父殿は当面元気で過ごしてくれるだろうから焦るは必要はない。ただ、機会というのは貴重だ。これは! と感じたら、絶対に躊躇うんじゃないぞ?」
もしモジモジしてるようだったら僕自ら介入も辞さない。
そう、炎狂いさんが君のおじいちゃんにしたようにね。
そう伝えると、今度こそ顔一杯に笑うデミケル。
健康的な浅黒い肌に似合う、男臭い笑顔だ。
素敵よ、貴方。
「愛の伝道師たる伯爵様からの助言。胸に刻みましてございます」
【よっ! ラブエヴァンジェリスト!!】
…
……
………
《読者様へのお知らせ》
今日と明日は本編に加えて未来のお話と近況ノートのおまけも更新予定です。
お時間ある方はそちらもお楽しみください( ͡° ͜ʖ ͡°)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます