第791話 生きる目標

 グランパの暴力的過ぎる叱咤を受け、声を殺して涙を流すデミケル祖父。

 しかし、感動的なシーンで堅気相手に火の玉を撃ったりするから狂人ヘッセリンクなんて呼ばれて怖がられるんじゃないだろうか。

 見ていてくれオーレナングの子供達よ。

 君達が大人になるまでに、『ヘッセリンクさんのとこって、穏やかで優しいよね』って言われるように頑張るからね!

 なんて考えてたら、デミケル祖父に放たれたものとはレベルの違う速度で火の玉が飛んできた。

 そんな紅の弾丸を紙一重で避けてクソジジイを睨むと、チッチッチッと人差し指を振ってみせるじゃないですか。

 まるで、『お前には無理だよ?』とでも言われたようだ。

 うん。

 後日祖父孫喧嘩と洒落込もうか。

 二人して歯を剥き出して睨み合ったあと、こちらは涙が乾いたデミケルに引きずられて地下を後にする。

 地上に出た頃にはトラッパさんも涙が乾いたらしく、それどころか、今朝までと違い、どこかギラついた若々しい雰囲気まで纏っていた。

 その後、屋敷に戻ってアリスの出産後のケアのために残ってくれていたフリーマに念のために診察してもらうと、二日酔いで寝ていたお供の男達を叩き起こし、庭に並ばせて檄を飛ばす。


「てめえら! いつまで情けねえ顔してやがんだ!! ビシッとしねえか! さっさとロソネラに帰るぞ!!」


 空気の揺れを感じるほどの咆哮に、男達が顔を顰めて耳を塞ぐ。

 そんななか、デミケルの父親が代表して口を開いた。


「親父、あんまでけえ声出すと体に障るぜ? あと、二日酔いの頭に響くから本当にやめてくれ」


「声出したくれえでどうにかなるほどヤワじゃねえや! おら! 準備にとりかかれ!」


 デミケル祖父のあまりの元気さにお互い顔を見合わせた男達だったが、爺様が言うなら仕方ないと、帰り支度のために屋敷戻っていった。

 男達を見送ったデミケルが、テンションMAXな祖父を見やりながら言う。


「これが炎狂いの加護、ということでしょうか。祖母からの文では、一日の大半を寝て過ごしていたらしいのですが」


 炎狂いの加護ねえ。

 そんなものがあったとしても、いい予感が全くしないのは僕の気のせいではないだろう。

 

【skill『炎狂いの加護』。効果:命の炎を激しく燃やす】


 お爺ちゃんに使ったらデバフじゃない?

 

「そんな加護があれば商売にしたいくらいだが、ないだろうな。尊敬するプラティ・ヘッセリンクに檄を飛ばされてやる気が出ただけだと思うが」


「それにしては、あまりにも」


「言いたいことはわかるが、劇的に寿命が延びたとか、そんな都合のいい話はないさ。フリーマ医師も言っていただろう? 人生においてやるべきことをやり終えたと感じて萎え切っていた気力が充実した結果だと」


 フリーマ曰く、体調が持ち直したのは気持ちの面が大きいのでは、ということだった。


「つまり、気合いですか」


「気力だというのに。まあいい。祖父殿」

 

 僕が呼びかけると、有り余る元気を発散するようにスクワットなどしていたデミケル祖父がニヤリと笑ってみせる。


「おう、若。国都のお医者様に診てもらう機会までいただいちまってすまねえな。おかげで、これ。この通りよ!」


 そう言いながら高く跳んだり素早く伏せたりする祖父の姿を見て、両手で顔を覆うデミケル。

 祖父の元気過ぎる姿を見せられた時の孫の気持ちは痛いほどわかるけど、この場合はとてもいいことだと思うよ。


「せっかく体調がよくなったんだ。あまりはしゃぎ過ぎて腰をやったりしないでくれよ?」


「言うねえ。心配しなくても、少し前まで死にかけてたジジイだってことは忘れねえよ。調子に乗ってぽっくり逝っちまったらプラティの叔父貴に顔向けできねえからな」


 地下のある屋敷の裏手を見ながらデミケル祖父が力強く頷くと、すかさず孫が釘を刺していく。


「おう、爺さん。あんま婆さんに心配かけるんじゃねえぞ? 婆さんだっていつまでも跳べるわけじゃねえんだから」


 デミケル家におけるお婆ちゃんの元気を示すパラメーターは、跳躍の幅らしい。

 わかってるよ、とばかりに孫の背中を叩くトラッパさん。

 その顔は、溌剌として気力に満ち溢れていた。


「祖父殿。せっかく遠いところを来てもらったんだ。体調に問題がなければ、もう少しゆっくりしていってもいいのだぞ?」


「ありがとよ。だが、早く帰って海が見てえ。ロソネラに着いたら、久しぶりに船に乗ってみるつもりだ」


 ロソネラの海を仕切る大親分の現場復帰か。

 ……ロソネラ公に一報入れておこう。

 

「現場に出ることができるなら、お迎えはまだまだ先だな」


「ああ。今はまだ死ぬ気はねえさ。目標に向けて生きてみることにしたからな」


 デミケル祖父が、笑みを深める。


「目標?」


 僕が首を傾げると、トラッパ爺さんが自らの孫を指差した。


「当面はこれの嫁さんの顔を見るのを目標にすることにした。末の孫の嫁さんの顔まで見れれば、俺の人生は本当の意味で最高よ」


 そう言いながら、オーレナングに来て一番の笑顔を見せるデミケル祖父。

 対照的に、孫の方は一番の渋面を見せている。

 何も言わないのは、孫としての優しさだろうか。


「っつうわけで、デミケル。あんま待たせると、未練残して死ぬことになるからな。いい報告が届くのを、期待してるぜ」



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