第790話 破門

 感動の再会になるかと思いきや、炎狂いさんの炎狂いさんたる所以が発揮され、デミケル祖父が焦ったように掴みかかる。


「叔父貴!? 孫の前でそれはなしですぜ!!」


 ふーん?

 威厳たっぷりなお爺ちゃんだけど、奥手だったんだ。

 へー。

 そんな生温かい視線を送っていると、初手暴露という暴挙に及んだグランパが悪びれもせず肩をすくめる。


「仕方ないでしょう。私が本物である証拠というと、私しか知らない貴方との思い出を語るしかないのだから」


 意訳すると、疑ったお前が悪い、ということだろう。

 とんでもないな僕の祖父は。


「それにしたって他にも思い出はあったでしょう!? おう、デミケル。今のは叔父貴の冗談だ。ぜってえ上にいる奴らに言うんじゃねえぞ!!」


「言わねえし、じいさんとばあさんの馴れ初めなんて興味ねえから」


 すごい剣幕の祖父に対し、デミケルは面倒くさそうにひらひらと手を振ってみせる。

 しかし、その様子を見たグランパが、なぜか盛大な拍手を送った。


「成長しましたねデミケル。興味ないと言いながらニヤニヤしているところを見ると、いつ暴露してやろうかと算段を立てているのでしょう? そうこなくては。ヘッセリンクは、面白いことになるなら身内を売ることも辞さないものです」


 当主経験者がそんなこと仰ると、風評被害につながるのでやめてもらえますかねえ?

 

【なお、売るのは息子だけの模様】


 余計やめてくれよ。

 このままだと話が進まないので、軌道修正を試みる。


「お祖父様。それよりも話すことがあるのでは?」


「話すことですか? ふむ。トラッパ」


「なんだよ叔父貴」


 グランパに呼びかけられたデミケル祖父が、眉間に皺を寄せながら身構える。

 ああ、これ。

 若い頃の恥ずかしいエピソードを複数握られてるな。

 

「そう身構えなくても、貴方の若い頃のあれやこれやをばらすつもりはありません。それより、体調を崩しているそうですね。歳はとりたくないものです。生意気で勘違いが酷くて無軌道に暴れ回っていた貴方もすっかり年寄りだ」


 穏やかな表情で語られたそんな言葉に、デミケル祖父が苦笑いを浮かべる。


「その無軌道なガキと一緒に毎年海で遊んでくれたのは叔父貴だろ? ……楽しかったなあ」


 そう呟いたデミケル祖父の身体から、ふっと力が抜けたように見えた。

 眉間の皺もなくなり、ぱっと見は好々爺だ。

 

「おやおや。思い残すことはないみたいな、晴れやかな顔をするじゃないですか」


「実際そうだからよ。倅が俺の跡を継いで、若いのもよくやってくれてる。これに至ってはヘッセリンクの家来衆だ。ま、自慢の孫だな」


 誇らしげにデミケルを親指で示すデミケル祖父。

 自慢の孫と言われたデミケルは、はっとしたように目を見開いた後で天を仰いだ。

 思いもしなかった不意打ちに、涙を堪えているのかもしれない。


「それに、死ぬ間際に叔父貴の墓参りができて、今でも信じられねえが本人にも挨拶することができた。これで思い残すことがあれば嘘だうわっ!?」


 言葉を紡げば紡ぐほど穏やかさを増していったデミケル祖父をつまらなそうに眺めていたグランパが、ジャグリング後に浮かべていた炎をノーモーションで放った。

 体調を崩していた老人とは思えない機敏さで地面に伏せてそれを回避するデミケル祖父。

 最大限減速して撃たれたとはいえ、あれを避けるなんて立派なものだ。

 あまりのことに飛び出そうとするデミケルを視線で制し、成り行きを見守る。


「何しやがるんだ叔父貴!!」


 地面に伏せたまま歯を剥き出し噛み付いていくデミケル祖父だったけど、噛み付かれた方はどこ吹く風。

 

「それだけ動ければまだ死なないでしょう。全てをやり切った気になって穏やかな表情で余生を過ごそうなんて、ああ、情けない。それでも、プラティ・ヘッセリンク唯一の舎弟ですか?」


 そう言うと、グランパが身体に激しい炎を纏いながら、不機嫌さを隠そうともせず舎弟にゆっくりと歩み寄る。


「格好よく綺麗に死のうなんて思うから衰えるんですよ。走りなさい。泳ぎなさい。殴り合いなさい。そして、生きなさい。私からは以上です。もしそれでも穏やかに死んでいきたいというなら止めませんが、そんな舎弟は不要です。破門を覚悟しなさい」


 そこまで言ったところで炎を消し去ると、手刀で首を掻き切るジェスチャーをみせた。

 一方、穏やかに死んだら破門と言われたデミケル祖父は、顔をこれでもかと顰めながら地面に大の字に転がる。

 

「相変わらずひでえ男だよあんたは。せっかく未練なく逝けると思ってたのによう。死ぬ間際に叔父貴に破門なんてされちゃあ、安心して死ねねえじゃねえか!」


 そう乱暴に吐き捨てたデミケル祖父の目から、再び涙が溢れる。

 そんな祖父の姿を見たデミケルも、天を仰ぐくらいじゃ追い付かず溢れてくる涙を、必死に袖で拭っていた。

 

「生まれた直後から格好つけて生きてきたなら、最後の瞬間くらいみっともなく足掻いてみても罰はあたりませんよ。胸を張って、私の舎弟として死んでいくことを期待しています」

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