第789話 未練を残そう

 デミケルの家族を歓迎する宴は、よく食べ、よく飲み、よく笑う陽気な海の男達のおかげでそれはもう盛り上がった。

 テンションの上がったエイミーちゃんが料理を片っ端から胃に収めたり、我が家の肝臓隊長フィルミーが男達を片っ端から酔いつぶしたりなんていうのは、全体的な盛り上がりから見れば些細なことだと言えるだろう。

 翌朝、お客様側で立ち上がれたのは体調に配慮して酒量を控えていたデミケル祖父だけだった。

 自分以外全員二日酔いという体たらくに、帰ったら全員海に叩き落としてやると息巻くデミケル祖父を宥めつつ、本来の目的であるグランパの墓参りに向かうことにする。

 屋敷の敷地内にあるご先祖様達のお墓。

 その中にある、派手なファイヤーパターンが彫られた墓石の前に膝をつき、長い間頭を下げたまま動かなかったデミケル祖父。

 ようやく頭を上げると、グランパに語りかけるように口を開いた。


「叔父貴。来るのが遅くなって申し訳ねえ。なあ、聞いてくれよ。俺の孫が、ヘッセリンクの家来衆になったんだ。すげえだろ? つまり、孫もヘッセリンクの舎弟ってこった」


 ナチュラルに我が家の舎弟扱いされたデミケルに目をやると、誇らしげに胸を張っているので良しとしよう。

 心ゆくまで墓石に語りかけたらしいデミケル祖父が、晴れやかな顔で振り返った。


「ありがとうよ、若様。叔父貴の墓参りもせずに死ねねえと思ってたんだ。これで、思い残すことは何もねえ」


「先々代様の墓前で縁起でもねえこと言ってんじゃねえよ」


 デミケルが顔を顰めると、こいつはいけねえや、と自らの額をぺしっ! と叩いてみせるお祖父ちゃん。


「ただ、これで本当に俺の人生でやるべきことは全部やった。あとはお迎えが来るのをゆっくり待つだけだ」


「ふむ。デミケルの子供の顔は見なくてもいいのか?」


 思い残すことがないらしいので試しにそう聞くと、頭一つ以上背の高い孫を見ながら肩をすくめた。


「そりゃあ見れるなら見てえが、無理だろ。ロソネラにいりゃあそこそこモテたかもしれねえが、他所でこの見た目じゃあ女が怖がるだろうよ」


「そのとおりだけど余計なお世話だっつうの!!」


 いい顔してると思うんだけど。

 確かにオーレナングにいたら女性と出会うチャンス自体が限られるからね。

 ……王城に頼んで合コンでも開くか?


「てなわけで、高望みはしねえ。幸い、倅も孫も育ってる。この世にしがみつく理由は残ってねえのさ」


 憑き物が落ちたような、晴れやかかつ穏やかな笑みを浮かべるデミケル祖父。

 そんな祖父を、デミケルがはがゆそうに見つめている。

 憧れのお祖父ちゃんに、死ぬ間際までギラついててほしいらしい。

 仕方ない。

 死んだ後も激しくギラついてる祖父を持つ身として、一肌脱ごうじゃないか。


「よし。じゃあ、この世に未練を残してもらおうか。デミケル」


 来い来いと手招きすると、僕の意図がわかったようで戸惑ったように首を振る。


「……本当によろしいのですか? 祖父は確かに先々代様の舎弟ですが、貴族ではないのですよ?」


 確かに地位のある人ばかり地下に連れて行ってるけど、それは一般の方がオーレナングに来ないからであって、地下への立ち入りやご先祖様への面会にルールは設けていない。

 それに、もう本人に話は通してあるから、いいも悪いもないんだよ。


「なんだいなんだいコソコソと。未練を残すって? 面白いじゃねえか若。今の俺は、ちょっとやそっとじゃこの世に執着しねえぜ?」


 自信満々に胸を張ることじゃないと思うけど、こちらにも絶対驚かせる自信はある。


「安心してくれ。むしろ驚きすぎて召されないか。そちらのほうが心配なくらいだ」


 僕がそう言うと、流石は叔父貴の孫だ! と強い力で背中をバンバンと叩いてくるデミケル祖父。

 いいじゃない。

 そのくらいの元気があれば、グランパに会わせても心臓は止まらず動いてくれるだろう。

 というわけで、参りましょう。

 デミケルのお祖父ちゃんを、炎狂いと再会させてみたーー!!


【ひゅる〜♪】


 締まらないから指笛やめてね?

 

「はああ。流石はオーレナングだ。こんなだだっ広い地下まであるのかよ。一体なんのための空間だい?」


 詳細を知らされず連れてこられた地下を、物珍しそうに見回すデミケル祖父。

 言葉や表情に緊張や警戒は見られず、むしろ同行しているデミケルのほうが硬くなっている始末だ。

 仕掛け人がそんなことじゃ、ドッキリは上手くいかないぞ?

 

「ここが何かと言われると、ある意味ここも墓だな。さあ、見えたぞ。あの扉の向こうに、貴方に会わせたい人がいる」


「会わせたいたあ、洒落た言い方するねえ。上とは違う、立派な墓が置かれてるってとこか? ありがてえなあ。死ぬ前にそんなとこまで入らせてもらえるなんてよ。舎弟冥利に尽きるってもんだ。ありがとよ、デミケル。てめえのおかげだ」


 会わせたいを例えだと解釈したらしいデミケル祖父が、らしくもなく孫に礼を言う。

 しかし、お孫さんサイドはここまできたら違う心配で頭がいっぱいらしく、祖父の肩に手を置き、真剣な顔を作った。

 

「爺さん。頼むから、ぽっくり逝くなよ?」


 あまりの悲壮な表情を見て何を言われるかと身構えていたデミケル祖父は、深々とため息をつき、孫の頭を軽く叩く。


「若様もてめえも、どんだけ俺の心臓みくびってやがるんだ。叔父貴が実は生きてましたなんてことでもなけりゃ、死んだりしねえよ」


 ご本人の口から飛び出したまさかの死亡フラグに一旦止めるかと思案したが、もう遅い。

 なぜなら内側から扉が開き、ドッキリの主役が姿を現したから。


「それは困りましたね。言葉を交わしてもいないのに、死なないでくださいよ?」


「……おい、こりゃあ何の冗談だ」


 どうやら衝撃で召されることは回避したらしいデミケル祖父。

 しかし、その体はワナワナと震え、顔の半分が目なんじゃないかと錯覚するくらいに両目が見開かれていた。


「知っているでしょう? 冗談は苦手なタチなんですよ。しかし、お互い老けましたね。ロソネラの海で一緒にジャルティクの船を沈めた日々が懐かしい」


 そんな野蛮で美しい記憶を語りながら、炎でジャグリングし始めるグランパ。

 その行動が身分証明になったらしい。


「叔父貴……。ほんとに、プラティの叔父貴か? なあ、あんた、とっくに死んだはずだろ? なんで、なんで」


 なんでと繰り返しながらも、見開かれたその両目から涙が溢れているところを見れば、疑っていないことは明白だ。

 

「泣かなくてもいいでしょうに。そうですよ? 奥手過ぎて奥方に声がかけられず、もじもじしていた貴方の手助けをした、あのプラティ・ヘッセリンクです。久しぶりですね、トラッパ」

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