第788話 いらっしゃいませ
デミケルのご家族が無事オーレナングに到着した。
ご家族四、五人でいらっしゃるかと思っていたんだけど、予想以上に人数が多い。
やって来たのは男ばかり総勢二十人。
全員が全員黒を基調にしたお揃いの服を着ていて、その中でも、デミケルのお祖父ちゃんとお父さん、あと、お兄さんがより高級な布を使ったものを身につけていた。
見ただけで、布の良し悪しなんかわかるのかって?
そんなものわかるわけがないじゃないですか。
我が家の服飾狂いことメイドのイリナがこっそり耳打ちしてくれたからわかっただけだ。
「家来衆デミケルのご家族の皆。ようこそ、オーレナングへ」
人数が多いので、応接ではなく広間に案内して軽い懇談を行う。
僕がシンプルな歓迎の言葉を述べると、お祖父ちゃんが深々と頭を下げた。
「厚かましくも大勢で押しかけて申し訳ねえな、若。本当は連れ合いと二人でお邪魔する予定だったんだが、こいつらが許してくれなくてよう。過保護でまいっちまう」
後ろに控える男達を振り返りながら恨みがましい声で言うと、どっ! と笑いが起こる。
ナイスユーモア。
【レックス様とはレベルが違いますね】
僕が上なのか下なのかはあとで聞かせてもらうとして。
「思ったよりも元気そうでほっとしたが、体調を崩していたと聞いているぞ? それで二人旅は無理だろう」
レプミア最南端のロソネラから西の果てにあるオーレナングに向かう道のりが、老人の二人旅に向いているわけがない。
そう伝えると、デミケル祖父が首を振る。
「プラティの叔父貴の墓参りができるって聞いた途端、病気なんてどっかいっちまったよ。あまりに元気になったもんだから、うちのも仮病だったのかって呆れるくらいさ」
嘘を言っているようには見えない。
言葉もはっきりしているし、肌艶もいい。
元気になったならそれにこしたことはないな。
体調が回復した理由がグランパへの信仰だとしても。
「そういえば、奥方は来ていないのだな」
若い頃は女海賊の異名を取っていたらしいデミケル祖母も一緒に遊びに来ると思ってたんだけど。
「ついてきてくれって何度も頭を下げたんだがよう。男衆が揃ってオーレナング詣にいくなら自分は女衆をまとめて海を守るっつって聞かなくてな」
幾つになっても頑固でいけねえや、と肩をすくめるデミケル祖父。
態度とは裏腹に、その顔には優しい笑みが浮かんでいたので、そんなところも愛してるということだろう。
本人に言っても絶対認めないだろうけど。
「そうか。では、奥方や女性への土産は特に奮発するとしよう。ジャンジャックと、ガブリエ。デミケルの家族への土産として竜肉を渡したい。それも、できるだけ新鮮なところをだ。できるか?」
そう尋ねると、控えていたジャンジャックが考える素振りなど一切見せずに頷いた。
「期待していただいて結構でございます。すぐに出ますよ、ガブリエさん」
ガブリエの返事も待たずにウキウキで部屋を飛び出していくジャンジャック。
今日も白塗りなガブリエはそんな爺やを呆れたように見送ると、いつの間にか取り出していた白い花をキザな仕草でデミケル祖父に手渡す。
「じゃあ、行ってくるよ。お土産、楽しみに待っててね、デミケルのお祖父ちゃん♪」
そう言うと、部屋の入り口からではなく、窓から外に飛び出した。
二階だしガブリエだし怪我の心配なんかするだけ野暮だけど、予告なしのショートカットはやめてほしい。
「土産に竜の肉とは、大盤振る舞いだな。流石は若だ」
「毎日食卓に上るほどではないが、かといって珍しいということもない。それこそ、オーレナングにいたら新鮮な魚の方が貴重なくらいだ」
ここオーレナングにおいて、生魚と生竜のどっちが手に入りやすいかと言われれば、断然生竜だからね。
そんな僕の言葉に、なるほど、とデミケル祖父が頷く。
「新鮮とはいかねえが、うちの自慢の干物はちょっとやそっとじゃ食い切れねえくらい持ってきてるぜ? 前にうちに来たあの可愛い娘っ子にたくさん食わせてやってくれ」
可愛い娘っ子とはつまり、ユミカのことだろう。
大量の干物を前にして大喜びする天使の姿を想像しただけで頬が緩みます。
「心から感謝する。皆も、祖父殿の護衛ご苦労だった。些少ではあるが、僕から手間賃を出すからあとで受け取ってくれ」
護衛の男達にそう声を掛けると、一斉に野太い歓声が上がる。
「若! そいつはいけねえや! こいつら、好きでついて来てるんだからよう。褒美なんて、若から労いの言葉をいただけただけで十分だ」
慌てたように言うデミケル祖父。
しかし、僕は貴族様なので、こういうところで懐の広さを示さなければいけないわけです。
そして、こういうタイプの攻略法はこちら。
「貴方はプラティ・ヘッセリンクの舎弟なのだろう? つまり、彼らは祖父の舎弟である貴方の家族だ。祖父なら、そんな彼らに労いの言葉をかけただけで帰すことをよしとするだろうか」
グランパが、そんな男気に欠けるムーブをとりますか? と。
そう尋ねると、デミケル祖父が思い切り顔を顰めた後、降参とばかりに両手を上げた。
「叔父貴の名前出されちゃ、俺も弱え。おう、お前達。若の心遣い、死ぬまで忘れるんじゃねえぞ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます