第787話 お迎え ※主人公視点外

「申し訳ありません、オグ隊長。私事で領軍の皆さんに出ていただくことになるなんて」


 馬に乗りながら、デミケルが頭を下げてくる。

 今回我々ヘッセリンク領軍に与えられた指示は、ロソネラからやってくるデミケルのご家族のお迎えと、オーレナングまでの護衛だ。

 

「なあに。仕事で外に出るっていうのもたまには悪くない。それに、可愛い後輩のご家族がいらっしゃるんだ。護衛くらいお安い御用さ」


 後ろを振り返り、そうだろう? と聞くと、激しい争奪戦の末にこの任務に就く権利を勝ち取った部下達が口々に同意する。

 

「オグ隊長の言うとおり。家来衆は家族。だから、家族の家族もまた家族。気にすることはない」


 そう言ったのは、私達領軍とともにデミケル一家のお迎えに派遣されているステム。

 そんな同僚の言葉に、デミケルが苦笑いを浮かべた。


「ステムさん。あんたは俺の頭引っ叩いた音で子供達が目を覚ましたことに対する罰で来てるんだから、しっかり働いてくださいよ?」


 なんでも、子供達の安眠を妨げたとして、家来衆筆頭と筆頭文官の両方から罰を言い渡されたらしい。

 詳細はわからないが、あの二人の連名での罰ならよっぽどのことなのだろう。


「まさかあんなにいい音がするなんて思わなかった」


 罰を受けているというのにくすくすと小さく笑うステム。

 そんなステムを同じ馬に乗せて手綱を握るデミケルが、笑い事じゃないとばかりに首を振る。


「俺もあんたが助走も無しにあんだけ跳ぶとは思いませんでしたよ。祖父が祖母を怒らせて殴られてるのを思い出しました」


「お祖母様がお祖父様を? それは……仲がよろしいのだな?」


 なんと表現するのが妥当かと、一瞬言葉に詰まった私に、デミケルが言う。


「オグ隊長。言葉を選ばせて申し訳ありません。まあ、仲がいいと言えばそのとおりなのですが、尻に敷かれてるというのはああいうことを言うんだなと子供ながらに感じていました」


「それで上手くいっているならいいじゃないか。伯爵様もよく仰るだろう? 『敷かれ心地は最高だ!』と。きっとお祖父様もその域に達しているのさ」


 奥様のことを溺愛されているからな、伯爵様は。

 有事においては奥様にも容赦なく厳しい指示を出されるが、平時には朝も夜も関係なく常に奥様への愛を囁かれている。

 そんな貴族はレプミア広しと言えど、我が主人レックス・ヘッセリンクだけだろう。

 そんな、仕事中とは思えない緩い会話をしながら南下すること数日。

 予想していたよりもだいぶ早い段階でデミケルのご家族を捕捉することができた。

 できたのだが。

 

「……おいおい。勘弁してくれよ」


 デミケルが天を仰ぐ。

 視線の先には、揃いも揃って浅黒く日焼けした、ガタイのいい厳つい男達の群れ。

 威圧感を放っているわけではなく、むしろ穏やかな表情で落ち着いた雰囲気すらある不思議な集団に近づくと、私達に気づいたのか、仕立てのいい服を着込んだ男が進み出てくる。

 

「おう! デミケルじゃねえか! なんでこんなとこに?」


 人懐っこい笑みを浮かべた男の顔を見て、それが誰かすぐにわかった。

 なぜなら、私の横に立ち、苦い顔で男達を睨んでいる同僚に瓜二つだったのだから。


「声でけえよ親父! 伯爵様の指示で迎えに来たんだよ。というか、なんだよこの人数! 討ち入りでもするつもりか!?」


 案の定、男はデミケルの父親だった。

 そんなそっくりな父親に乱暴に詰め寄ったデミケルだったが、集団の中から歩み寄ってきた痩せた老人の姿を見て動きを止める。

 

「声がでけえのはお前だ、馬鹿孫」


 大きくはないがよく通る声に、デミケルと父親だけでなく、厳つい男達が揃って背筋を伸ばす。

 

「……なんだよ祖父さん。案外元気そうじゃねえか」


 デミケルがそう言うと、老人がニヤリと笑った。

 

「ちっと前まで確かに死にかけてたんだがなあ。若がプラティの叔父貴の墓参りを許してくださるって聞いちゃあ、情けねえ姿見せらんねえだろうが」


「つまり、格好つけてるわけか」


「おうよ。海に生きてる人間なんてのは、男も女も格好つけられなくなった瞬間死んでいくんだ。そういう意味じゃあ、俺はまだ死なねえよ」


 そんな、デミケルと老人の間で行われた短く静かなやりとりが終わったのを確認し、声を掛ける。


「挨拶が遅れました。私はヘッセリンク伯爵領軍で隊長を務めております、オグと申します。ここからは我々が護衛を務めますので、道中よろしくお願いします」


 私の言葉が終わると同時に部下達が一斉に頭を下げる。

 すると、デミケルの父親の合図で男達も同様に頭を下げた。

 よく統率されているな。

 

「おう、領軍の隊長さんがわざわざ悪いねえ。土産は多めに持って来てるから楽しみにしといてくれや。……そっちのちんまい姉ちゃんも、ヘッセリンクかい?」


「ん。私はステム。ヘッセリンク伯爵家の家来衆」


 物怖じしないステムがよろしく、と小さく手を振ると、老人が可笑しそうに笑う。

 そんな祖父に、デミケルが釘を刺した。


「見た目で判断すんなって。この人、この形で凄腕の召喚士だからよ。お前達も、道中やんちゃしやがったら格好つける間もなく召されちまうからな。気を付けろよ?」


 そんな物言いに腹を立てた様子もなく、おう! と景気良く応じる男達。

 その反応に満足げに頷いたデミケルが、私達を示しながら言う。


「領軍の皆さんとステムさんがいりゃあ、オーレナングまで目え瞑ってても安全だ。大船に乗ったつもりでいてくれよな」


「そうかいそうかい。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか。このままオーレナングまで気い張ってたんじゃあ、叔父貴の墓でくたばっちまうからな」


「笑えねえよ祖父さん」



……

………

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近況ノートに毒蜘蛛さんのおまけストーリーを投稿しています。

お時間ありましたら、ご覧ください( ͡° ͜ʖ ͡°)

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