第786話 日常回

 オドルスキとアリスの子、メロが生まれてしばらく経ったある日の昼下がり。

 サクリをはじめとした子供達から召喚獣のみんなに会いたいとねだられたので庭で全員召喚を実施する。

 マジュラスは、屋敷で勉強中のユミカのもとに走って行ったので不参加。

 代わりにステムを呼んでボークンに参加してもらっている。

 子供達は歓声を上げながら召喚獣の柔らかな毛をもふもふし、おいかけっこを楽しみ、今は満足してみんなでお昼寝タイムに突入している。

 ちなみに、唯一もふもふじゃないドラゾンのつるつるの骨を、マルディが一心不乱に撫でていたのを見て、我が子ながらこいつは一味違うなと感心しました。


「今この光景を目の当たりにしたら、オーレナングを地獄の入り口などと呼ぶ者は一人もいなくなるのではないだろうか」


 召喚獣と眠る子供達を見ながらそう呟くと、横に立つハメスロットが深く深く頷く。


「仰るとおりかと。現在のオーレナングはまさにこの世の楽園。このハメスロット、頬の緩みが収まりません」


 普段は家来衆の引き締め役を担う筆頭文官の頬が、言葉のとおり緩み切っていた。

 そんな同僚とニアイコールな表情を見せているのが、子供の名付けという大役を果たしたあと、一層若返ったという噂のあるジャンジャック。

 あまりに活力に溢れすぎた結果、弟子であるフィルミーから師匠をどうにかしてくれと僕に苦情が入るくらいだ。

 

「気持ちはわかりますよハメスロットさん。私も貴方も人生のほとんどを顰めっ面で生きてきたはずなのに、この歳になって頬の筋肉が言うことを聞かないことが多いこと多いこと」


 そんなジャンジャックの言葉に、頬の緩みを引き締めたハメスロットが首を傾げる。


「私はそこまで顰めっ面なことはありませんが?」


 お前と一緒にするなよと言わんばかりのハメスロットに、ジャンジャックがやれやれと首を振った。


「まあ、そのあたりは自分ではわからないものですからね」


 ほんの一瞬の無言タイムを経て、顰めっ面で額を突き合わせる我が家の大幹部二人。


「やめてくだせえお二人とも。家来衆筆頭様と筆頭文官様がそんな風にいがみ合ってたら、子供達が起きてしまいまさあ」


 そんな二人を無理やり引き剥がしたのは、休憩中のビーダー。

 料理人の腕力すごいな。


「おっと、これは失礼。筆頭文官殿がなかなか頑固なのでついつい」


「まったく。家来衆筆頭殿の最大の欠点です。自らを顧みることをされないというところが」


 再び睨み合いに突入した二人に、ビーダーが慌てて割って入る。

 

「気にするなビーダー。この二人はただ仲良しなだけだ」


 僕が言うと、ベテラン料理人が笑う。


「わかっちゃいるんですがねえ。このお二人が眉間に皺寄せて顔を突き合わせてると、心臓に悪くていけませんや」


 気持ちはわかる。

 僕も屋内でそんな光景を見かけたら、身体強化を使いながら割って入らざるを得ないからね。

 しかし、今日だけは大丈夫だ。


「それもこれも、子供達が召喚獣達の柔らかな毛に埋まって眠る姿を見れば万事解決さ」


 ゴリ丸、狼モードのミドリ、そしてボークンのお腹の上で眠る子供達。

 ちゃっかりミケとピーちゃんも加わって鼻ちょうちんを作っているのはご愛嬌だが、この光景を悪しき者が見たら昇天するんじゃないだろうか。


「尊いとはこのこと。この子達を守るためなら故郷を滅ぼすことも辞さない」


 終始無言で子供達、というか主にサクリを見守っていたステムがいらぬ覚悟を口にする。


「それは絶対に辞してくれ。ブルヘージュと友好関係を築くべく王城の文官諸君が日々汗をかいてくれているのだから」


 余計なことをした場合、王様と宰相に叱られるのは僕だからね?

 よっぽどのことがない限り、東のお隣さんとの再戦は認められません。

 そう釘を刺すと、わかっているというように首を縦に振るステム。


「いつか姫様を故郷にお連れしたい。伯爵様が作ったあの漆黒の丘は、お父上の功績として絶対に見せてあげるべき」


「野蛮な父親と思われたくないから却下だ。サクリだけでなく、子供達には平和に穏やかに暮らしてもらいたいんだよ」


 まだ諦めてないぞ狂人脱却計画。

 

「穏やか……?」


 知らないわけないよね?

 そうツッコむより早く、ハメスロットが諭すように言う。


「ステムさん。考えても無駄です。我々と伯爵様では、穏やかの意味が違う可能性がありますから」


「なるほど、理解した」


「理解するな。僕をなんだと思ってるんだお前達」


【まあ、ね?】


 濁すな濁すな。

 僕がいかに穏やかに生きていきたいかを力説しようとしたその時。


「伯爵様! っと、失礼いたしました」


 屋敷のなかから駆けてきたデミケルが大きな声で僕を呼んだあと、子供達が寝ていることに気づいて声を潜めながら頭を下げる。


「どうしたデミケル。そんなに慌てて。まさか、祖父殿になにかあったか?」


「はい。あ、いえ、体調が悪化しただとかそういうわけではなく。実は、実家からこれが届きまして」


 ああ、オーレナングに誘った手紙に返事が来たのか。

 どれどれ。

 ……うん、予想どおりだ。


「体調をおしてでもオーレナングに来るか。流石は海賊殿だな。老いてなお気合いが違う。しかも、この書き振りだともう出発しているのだろうな」


『すぐに向かうから若にくれぐれもよろしく伝えてくれ』って書いてあるし、あの気性なら返事なんて待ってないだろう。

 道中何かあってもいけないし、領軍から何人か派遣して迎えに行ってもらおうかな。


「申し訳ございません。年寄りというのは抑えが効かないようで」


「ほう?」


「おやおや」


「言うじゃねえかデミ坊」


 その場に居合わせた我が家の年寄り三人が、ニヤニヤと笑いながら大柄な若手を取り囲む。

 抑えが効かない事に対してジャンジャックだけは反論する権利がないように思うけど、とりあえず静観。

 失言に気づいたデミケルは、しどろもどろになりながら弁解を試みる。


「いやいや! 違います! そう言う意味じゃないんです、って痛え!」


 しかし、声が大きくなった瞬間、助走なしで高く跳んだステムがその坊主頭を引っ叩き、ぺしーん! といい音を庭に響かせた。

 

「デミケルうるさい。姫様達が起きるから静かに」


 いやあ、平和って素敵だなあ。

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