第783話 エンカウント回避

 ユミカの妹が誕生した翌日の昼下がり。

 僕の部屋にやって来たのは弟分のメアリ。

 朝から家来衆総出でイリナ指揮のもと、聖騎士一家の家に大量の子供服を運ぶなどしていたが、ようやく終わったらしい。

 

「なあ兄貴。朝から爺さんの姿が見えねえんだけど、どこにいるか知らねえ?」


 どうやらジャンジャックを探しているらしい。

 少し前までは教育係的な立場だったジャンジャックと一緒にいる姿を見かけることもあったが、メアリが結婚した今では珍しいことだ。


「ジャンジャックなら、今日から数日休みだぞ」


 それを聞いたメアリが息を飲みつつ大きく目を見開く。

 こんなにわかりやすい驚愕があるだろうか。


「……爺さんがまとまった休みを? なんだよ。どっかの貴族領でも潰しに行ったわけ? 揉めたなんて話聞いてねえけど」


「お前はジャンジャックをなんだと思っているんだ」


 僕の問いに対するメアリの回答がこちら。


「鏖殺将軍だろ?」

 

 シンプルぅ。

 鏖殺将軍ともなると、休みをとっただけで他領への侵攻を疑われるのか。

 確かにジャンジャックは連休なんて取らないし、その休みにしても暇つぶしだって森に出かけて行ってたからな。

 あれ、そう考えると全然休んでないな、うちの爺や。

 近いうちに子供達を張り付かせて強制休暇でも取らせるか。


「その鏖殺将軍の姿が見えないのは、オドルスキがジャンジャックに子供の名付けを依頼したからだ。真剣に考えたいから休みをくれと言われたのでな」


 僕もメディラとシャビエルの名前を考えるのに数日かかったし、休みを取りたいという気持ちは痛いほど理解できる。


【おや? 丸投げしませんでしたっけ?】


 メアリ達の親代わりであるアデルとビーダーに譲っただけさ。

 勘ぐるのはやめたまえよ。


「へー。あの爺さんがねえ。で? オド兄達の子供の名前考えるために休み取ってるのはわかったけど、部屋にいないのはなんでだよ」


 そう。

 僕も部屋にこもるか、最悪森で魔獣と戯れながら頭を悩ませるものだとばかり思ってたんだけど、休みを認めた少し後には少量の荷物を抱えて東へと走り去っていった。

 どこに行ったかというと。


「サルヴァ子爵領に向かったようだ」


 行き先を聞いたメアリが、驚き半分、呆れ半分といった複雑な表情を浮かべる。

 

「……同僚の子供の名前考えるのに、他所の貴族に相談に行ったわけ? いや、この場合は友達んとこに行ったのか」


 メアリの言うとおり、友達のところに相談に行ったというのが正解だ。

 急に訪ねてきたジャンジャックから、子供の名前を一緒に考えてくれと持ちかけられるサルヴァ子爵は、果たしてどんな顔をするだろうか。

 

「二日で帰ってくると言ってたが、サルヴァ子爵領とここを二日で往復は流石に化け物が過ぎるからな。十日ほど休むよう言ってある」


「行って帰ってくるだけなら二日でやれそうなのが爺さんのこえーとこだよな」


 僕もそう思うけど、今回は行って帰ってくるのが目的じゃないからね。

 ジャンジャックには、ぜひ素敵な名前を携えて帰ってきてほしいものだ。


「それで? ジャンジャックに何か用だった? 今言ったように数日は戻らないと思うが」

 

「いや、手合わせに付き合ってもらいたかっただけだからいいや。ガブリエの姉ちゃん探して頼んでみる」


 ジャンジャックがいないなら次の候補はオドルスキなんだろうけど、今はアリスに付きっきりで動けない。

 ならばガブリエということになるらしいが、残念ながら今はそれも叶わないだろう。

 

「ガブリエも子供達に囲まれてそれどころじゃないと思うぞ?」


 遠征から帰ってからというもの、子供達から引く手数多な我が家の道化師。

 連日、朝から晩まで手品をせがむ子供達の相手に忙殺されている。

 プロのピエロたる本人は、これこそ私の生きる道だよ! とご満悦です。

 

「あー。ガブリエの姉ちゃんはガキども優先だからなあ。仕方ねえ。地下に潜るか」


 仕方ないで地下を選択するメアリに成長を感じつつ、尋ねる。


「つまり、相手は毒蜘蛛様か?」

 

「なにがどう『つまり』なんだよ。んなわけねえだろ。誰が好きこのんで大怪我しにいくんだよ。マジで手加減しらねえからなあの爺さん。顔合わせたら逃走一択だっての」

 

 うん、ごめんねうちのひいおじいちゃんが。

 ただ、毒蜘蛛様とエンカウントしたら逃走の選択肢自体が選べなくなってると思うから、エンカウント自体しないよう、ぜひ慎重に歩を進めてほしい。

 

「その手加減を知らない毒蜘蛛様が、百年前の北との戦では抑え役だったというのだから笑ってしまうな。ヘッセリンクというのは恐ろしい一族だよ」


「それ、全然笑えねえから」




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