第782話 鏖殺将軍への依頼
オーレナングに戻って暫くしたある日。
執務室で魔獣討伐報告書を仕上げていると、遠くからパタパタドタドタと二人分の足音が聞こえてきた。
この足音は、我が家の天使と……、タイミングを考えればその親父だな。
「お兄様! 妹! 妹だよ! ユミカ、お姉ちゃんになった!」
「お館様! 娘が生まれましてございます! 二人目の娘が!」
大正解。
聖騎士と天使の父娘が、ドアをノックするのも煩わしいとばかりに部屋に駆け込んできて、興奮気味に僕に迫ってきた。
ユミカはいい。
が、オドルスキ。
2m級のマッチョマンの急接近は心臓に悪い。
「わかった! わかったから落ち着け二人とも。特にオドルスキ。興奮しすぎるとまたジャンジャックに殴り倒されるぞ?」
【あれは不幸な事件でした】
アリスの出産が近づくにつれ、そわそわうろうろそわそわうろうろと落ち着かないオドルスキを、ハメスロットの指示を受けたジャンジャックが仕留めた事件。
うん、素晴らしい仕事だった。
しかし、そんなことはもう覚えていないとばかりにオドルスキが気炎を上げる。
「今の私は無敵にございます! 今なら、ジャンジャック様にも勝てるかもしれない!」
しかし、そのテンションはすぐに落ち着くことになる。
「ほう? それは楽しみですな」
父娘の様子を見て追いかけてきたらしいジャンジャックが、歳下の同僚の逞しい肩をポンッと叩く。
その瞬間、先程までのはしゃぎようが嘘だったかのように落ち着きを取り戻すオドルスキ。
ジャンジャックに向き直り、頭を下げる。
「失礼。はしゃぎ過ぎました」
「いえいえ。気持ちはわかります。ただでさえ可愛いユミカさんがいるのに、さらに女の子が増えた。これがはしゃがずにいられるわけがありません」
意外と子供好きなジャンジャックとしても、オーレナングに新しい命が増えることは歓迎しているようで、ハメスロットやビーダーなどベテラン勢の前では何を贈ろうかとこちらもそわそわしていたらしい。
「フリーマ医師の話ではアリスの体にも問題なく、母子ともに健康。ああ、オーレナングの森に住まう神よ! 感謝いたします!」
落ち着いたように見せてまだ興奮が収まりきっていなかったらしいオドルスキが、部屋の窓を開けて森に向かって大声で叫ぶ。
「そこにいるのは魔獣だけだから、祈りは通じないぞ?」
万が一神を見かけたら教えてほしい。
いろいろ話がしたいから。
「じゃあユミカ、地下の先代様達にお祈りするね! 先代様も先々代様も毒蜘蛛様も、みんな無事に生まれたらいいねって言ってくれてたから」
「やめなさいユミカ。天使の祈りなど捧げられたら、地下の悪霊達が揃って浄化されてしまう」
新しい命と引き換えにご先祖様達が召されちゃうかもしれないからやめてね?
聞き分けのいい天使は僕の言葉にそうか! とばかりに頷くと、扉の方に走っていき、満面の笑みで振り返った。
「じゃあ、先代様達に妹が生まれましたって伝えてくる!」
言うが早いかあっという間に足音が聞こえなくなった。
敷地内だから一人でも大丈夫だろうけど、念のために護衛を付けようか。
指名したのは、マジュラス。
喚び出して事情を説明すると、破顔してオドルスキを祝福する。
「オドルスキ殿。この度はおめでとうなのじゃ。家族に男一人は大変かも知れぬが、頑張ってくれ。では行ってくる」
そう言うと、窓から軽やかに飛び出して行った。
ユミカについてはこれでよし。
「さて。子供が生まれたからには名前を付けてやらなければな。先に言っておくが、僕に期待するなよ?」
「承知しております」
あ、ふーん。
そう。
少しくらい考える素振り見せてくれてもよかったんだけどね?
【ドンマイドンマイ! 切り替えてこーぜー!!】
「ですので、ジャンジャック様」
僕がコマンドに慰められていると、オドルスキがジャンジャックの名前を呼ぶ。
呼ばれた方は、話の流れでこれから何を言われるか予想がついたのだろう。
「……は?」
目が点のジャンジャック。
声もどこか気が抜けていて、とても北を蹂躙してきた男と同じとは思えない。
「はっはっは! 爺やの珍しい顔を見ることができた。しかしなるほど。いい考えだ」
「ええ。もちろんアリスの許可も得ています。ジャンジャック様に名前をつけていただくことで、強い子に育ってほしいと申しておりました」
オドルスキの真っ直ぐな視線を受けたジャンジャックは、困ったように眉を下げると、今日もきっちり整えられたロマンスグレーの髪をガシガシと掻き回した。
そして、ボサボサになった髪を改めて櫛で整え直すと、居住まいを正す。
「これは、困りましたな。子供の名付けとは。蛮族との戦などとは比較にならないほどの難事ではないですか。……レックス様。一つお願いが」
「なんだ。繰り返しになるが僕はあてにならないぞ?」
「知っております」
泣くよ?
「そうではなく、一日二日、休暇をいただいてもよろしいでしょうか。片手間には、思い付きそうにありません」
「ああ、好きにしろ。むしろもっとゆっくり休んでもいいくらいだ。期待しているぞ。鏖殺将軍殿?」
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