第781話 オーレナング帰還

 北での戦に付随するあれこれ事後処理も滞りなく終わり、ようやく本拠地に戻ってきた。

 体感では一年くらい不在にしてた感覚なんだけど、戦自体が圧勝で、戦後交渉もサクサク進んだこともあってそこまでの時間は経過していない。

 それでも、久しぶりに屋敷とその奥に広がる鬱蒼とした森が見えると、ほっとするものだ。

 

「改めまして、お帰りなさいませ。伯爵様」


 玄関で留守番役の家来衆達から大歓迎を受けて部屋に戻ると、僕不在時の家を仕切ってくれていたハメスロットがやってきた。


「ああ、長い間留守にしてすまなかったな」


 その細い肩をポンと叩きながら労うと、皺の増えた顔に笑みを浮かべて首を振る。


「何を仰いますやら。北の地でも大変なご活躍だった様子。家来衆一同、鼻が高い思いでございます」


 ご活躍ね。

 どの程度まで耳に入ってるかわからないけど、あとでお隣の王様を問答無用で蹴り倒したことを含むエイミーちゃんの武勇伝を教えておこう。

 

「留守の間、特になにもなかったか?」


「ええ。お子様方もご両親不在の間元気にお過ごしでしたし、フィルミーさんや領軍の皆さんの報告では森の状況も安定しているとのこと。強いて言えば、アリスさんの出産が近いためオドルスキさんに落ち着きがないくらいでしょうか」


 オドルスキについては、やむなし。


「愛する妻の出産など、何度経験しても落ち着くものじゃないからな。まあ、あまり煩くしてアリスに良くない影響を与えるようならジャンジャックに言って黙らせることを許可する」


【黙らせる(物理)】


 もちろんそれもコミコミでの許可です。

 

「御意」


 ハメスロットも心得たもので、余計なことは聞かずに頭を下げる。

 それから腰を落ち着けて細かい報告を受けていると、遠慮がちにドアがノックされた。

 

「伯爵様、よろしいでしょうか」


 聞こえてきたのは、若手文官デミケルの声。

 

「構わないぞ。入れ」


 許可を出すと、坊主頭の巨漢がドアを開け、洗練された礼をみせた上で入室してくる。


「失礼いたします。ああ、ハメスロットさんもいらっしゃったのですね。ちょうどよかった」


 ちょうどよかったと言われる心当たりがないのか、首を傾げるハメスロット。

 そんな上司の様子をみたデミケルが少し躊躇った後に口を開く。


「実は、少し暇をいただきたいのです。故郷の祖父がいよいよ体調を崩したようで。父から見舞いに帰ってこれないかと」


 あの元気なお爺ちゃんが?

 それはいけないな。

 

「ハメスロット?」


 休みを認めてあげる余裕はあるかと問うと、少し目を瞑って考えたあと、浅く頷いた。


「エリクスさんに今の倍働いてもらい、それでも足りなければメアリさんあたりの手を借りれば問題ないかと」


 じゃあ未来の文官筆頭に倍働いてもらうとともに、未来の家来衆筆頭にそのフォローを指示しよう。

 よし、解決。


「だそうだ。お前の祖父にはユミカのことで僕も世話になったからな。しっかり祖父孝行してこい。ああ、それとも祖父殿をオーレナングに招待するか?」


 なーんてね。

 デミケルの不安を和らげるべくヘッセリンクジョークを放つと、ハメスロットが肩をすくめてみせる。


「いくらデミケルさんの祖父殿が先々代様の信奉者とはいえ、体調を考えると無理を強いるのは」


 よくありませんよ、と続いたであろうハメスロットの言葉は、前のめりになったデミケルの大声に掻き消された。


「いえ! もし本当に許していただけるなら、祖父は先の短い命を燃やしてでもこちらに向かうと思います!!」


「その言い方だとオーレナングに来ることで寿命が縮みそうで許可しづらいのだが」


 ハメスロットも同調するようにうんうんと頷くのを見て、デミケルが慌てたように居住まいを正して頭を下げる。


「失礼しました。言葉の綾です。流石に先々代様への御目通りは叶わないと思いますが、尊敬してやまない炎狂い様の墓前に手を合わせることができれば、祖父の寿命もきっと延びることでしょう」


 店の看板に炎を模った印を刻み込み込んだり、僕のことを若と呼んだりと、グランパを心から信奉しているらしいデミケル祖父。

 お墓参りで寿命が延びるならお安い御用だが、さて。


「ご家族をオーレナングに招くことを妨げるつもりはないし、もしいらっしゃるようなら歓迎しよう。とりあえずご家族に文を送ってみることだ。祖父殿の体調によっては長旅もできないだろうからな」


「ありがとうございます! では、失礼いたします」


 入室してきた時とは違い、元気一杯駆け足で部屋を出ていくデミケル。

 その後ろ姿を見送ったハメスロットが僕に意味ありげに視線を寄越す。


「伯爵様が何を考えていらっしゃるか当てて差し上げましょうか?」


「その必要はない。もし祖父殿がこちらに来ることができるなら、地下にご招待してもいいと思っている。当たっていたか?」


「正解でございます」


 グランパも喜ぶだろうし、デミケル祖父も地下の秘密をバラすようなことは絶対にしない。


【確信をお持ちのようですね?】


 もちろんさ。

 だって、狂信者ってそういうものだろう?



……

………


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お時間ありましたら、ご覧ください( ͡° ͜ʖ ͡°)



 

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