第779話 差し入れ
ラスブラン侯への推薦が可能なことを伝えると、ガストン君が戸惑ったような表情を見せる。
「俺がラスブラン侯の講義を? 大変ありがたいし興味はあるが……やめておこう。基礎もなく一流の指導を受けても身にならないだろう」
馬鹿殿から堅物真面目系貴族にジョブチェンジしたガストン君らしい、地に足のついた回答だ。
僕としても無理強いをするつもりはないし、母方の祖父の手で可愛い後輩が魔改造されることも本意ではない。
「そうか。まあ、ガストン殿はアルテミトス侯から正攻法による交渉の指導を受けているのだろう? もし邪道も修めたくなればその時は声をかけてくれ」
【可愛い孫からの邪道判定におじいちゃんも不満顔】
邪道判定されて不満顔する権利なんてあの人にあるわけないだろう。
というか、そんなことくらいで不満顔見せてくれるほど可愛くないぞ、うちのおじいちゃんは。
「大変ありがたく。ただ、邪道を身に修めようとしていることを知られたら、父が激怒するだろうな」
ガストン君がそう言って笑う。
真面目で堅いおじ様だからねアルテミトス侯は。
せっかく更生した息子があの『狂った風見鶏』に弟子入り志願したなんて知ったら荒れるかもしれない。
「今のアルテミトス侯を見ていると、若い頃にヤンチャすぎて王城側から目をつけられていたなんて信じられない話だな」
僕が何気なく口にした言葉に、ガストン君が目を見開く。
「父が、ヤンチャ? まさか」
「おや、知らないか? 国軍に入りたての新兵の頃、生意気過ぎるアルテミトス侯を指導するためにあのプラティ・ヘッセリンクが派遣されたらしいぞ?」
グランパとアルテミトス侯の両方から聞いたんだから間違いない。
グランパは、目が合った瞬間にこいつが指導対象だと理解できるくらいにヤンチャだったって言ってたし、アルテミトス侯は目が合った瞬間狙撃されたことに苦言を呈してたから。
まあ、ガストン君が驚くのもわかるよ。
いくら若手の矯正のためとはいえ、ヘッセリンクを派遣した当時の王様がイカれてるとしか思えない。
「従兄上がお生まれになるまでは最もそれらしいヘッセリンクの名をほしいままにされていた、あの炎狂いを派遣するほどのヤンチャとは一体」
アヤセは、むしろそんな事態に陥る原因となったアルテミトス侯のヤンチャっぷりに興味があるらしい。
あと、僕が生まれた後も最もそれらしいヘッセリンクの称号はグランパのものであって、僕がもぎ取ったりはしていないことを主張しておく。
「本当だ。調べればわかると思うが……。入れ」
アルテミトス侯のヤンチャ時代の話で盛り上がっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
入室許可を受けて入ってきたのはメアリ。
その手には酒瓶が握られている。
「入るぜ兄貴。兄さん方もお楽しみのとこすまねえな。差し入れが届いたから。これ」
「差し入れ? 一体誰からだ」
「ガストンの兄ちゃんの親父さんから」
意外な贈り主の名前に、息子であるガストン君が立ち上がり、メアリから酒瓶を受け取る。
「アルテミトス侯から? しかも酒とは。まさか馬車一台分の酒が持ち込まれているとは、さしものアルテミトス侯でも見通せなかったか」
今日の飲み会は二人のアポ無し突撃だったけど、おそらく家来衆から我が家に向かったことを聞いたアルテミトス侯が気を遣ってくれたんだろう。
交渉も殴り合いも上手くて気遣いもできる万能系貴族。
それが僕の尊敬する後見人、『鉄血』ロベルト・アルテミトスだ。
そんなアルテミトス侯が贈ってくれたのだからさぞいいお酒だろうと、ガストン君が渡してくれた酒瓶に目をやると、ラベルにこう書いてあった。
「……特級火酒『沈黙之ススメ』」
酒瓶をそっと置き、窓の外、ソファーの下、クローゼットの中などを一通り点検する。
もちろん怪しい人影はない。
いや、このタイミングでこのラベルは怖すぎるよアルテミトス侯!!
沈黙のススメ?
要は、余計なことは言うなっていうことだよね?
釘を刺すやり口が老舗のマフィアのそれだ。
「この話はやめておこうか。いや、特に深い意味はないのだが」
そう言いながらラベルを示すと、それを確認したアヤセが深々と頷き、話を変える。
「ところで、従兄上はいつまで国都に?」
「あと数日といったところだ。子供達にも会いたいし、そろそろオドルスキとアリスの子も生まれるはずだしな」
フリーマ医師がオーレナングに詰めてくれているはずだから心配はないけど、できれば出産の瞬間には屋敷にいたい。
オドルスキとアリスを労ってあげたいしね。
「おお! 聖騎士とオーレナングのメイド長に。となると、天使ユミカが姉になるわけですか。さて、数日で祝いの品が間に合うだろうか。同志ガストン。貴殿は何がいいと思う」
陽のラスブランであるアヤセがウキウキとした口調で言うと、ガストン君も笑顔で応える。
「同志アヤセ。むしろいいものを見繕って後日届けた方がいいだろう。焦って質の悪いものを贈っては本末転倒だからな」
「ありがたいが、気を使う必要はない。お二人から祝いの言葉をいただいたと伝えるだけで喜んでくれるだろうさ」
僕の言葉を受け、アヤセが何を仰いますやら、とばかりに首を振った。
「そうはいきません。従兄上は家来衆を家族とお呼びになる。それはつまり、我々護国卿を慕う若手貴族の集いの家族も同然。新しい家族の誕生を祝うのは、当たり前のことでしょう」
眩しいほどの陽の気を放つ従弟に目が眩みそうになる錯覚を覚えます。
真っ白な歯すら眩い光を放ってるように見える。
これが、新時代のラスブランか。
「そこまで言ってくれるなら止めないが、子供の服だけはやめてくれ。ある事情で子供服だけはレプミアで一、二を争うほどの数を保有しているんだ」
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