第778話 後輩

 王様から方向音痴扱いされて愕然としている間に、謁見はサクサクと進んでいった。

 まあ、おじ様達が喧嘩し始めなければ普通はこんなものなんだけど。

 謁見終了後、勝ち戦に貢献したご褒美が書かれた目録を渡しながら宰相が口にしたのは、あんな大人になってはいけないぞという重い重い一言。

 あんな大人。

 つまりカナリア公とアルテミトス侯のような、王様の前で取っ組み合いを始めるような大人になってくれるなと。

 当たり前じゃないですか任せてくださいよと請け負うと、なぜか胡散臭いものを見るような顔をされたのはきっと疲れているからだろう。

 そんな宰相を慰労すべく、以前発生したドラゴンパーティーで手に入れた竜種の塊肉を後日差し入れすることを約束し、王城をあとにした。

 その夜。

 久しぶりにゆっくりしようかと思っていたところに訪ねてきたのは、従弟であるアヤセ・ラスブランと、アルテミトス侯の息子さんであるガストン・アルテミトス。

 通称ヘッセリンク派と呼ばれる非公認ファンクラブに属する二人が、戦勝祝いをと酒瓶を抱えて……馬車に積んでやってきた。

 ここまで準備を整えてきた後輩達を追い返すわけにもいかず、やむなく上がってもらう。


【やむなくの割にはニッコニコでしたが?】


 おじ様とばかり飲んでたから若い子と飲みたいんだよ。

 アヤセとガストン君に昼間の顛末を説明すると、ガストン君は父親のやんちゃに天を仰いだが、アヤセは少し考え込んだ後で首を横に振る。


「方向音痴ですか。陛下のお言葉を否定することは不敬の極みですが、それは少し違うかと。なぜと言って、従兄上には方向という概念すら存在しないのですから」


 同調する素振りを見せて明後日の方向にボールを放ってくる従弟。

 これ以上ないくらいのドヤ顔だ。


「いや、流石にそのくらいは存在しているぞ従弟殿。しっかり東西南北は把握できるからな?」


「そうではなく。目指す方向です。そう、従兄上が遅かれ早かれ到達するであろう狂人の高み。それはきっと従兄上が進まれた道の先にある」


 それを聞いたガストン君がおおっ!! と声を上げた。

 まるで、何言ってんの? と思った僕が悪いのかと勘違いするほどの音量だ。

 

「つまり、レックス・ヘッセリンクが東西南北、上下左右どこに向かおうと、その道が正解であると。そう言いたいのだな? 同志アヤセ」


 上下左右ってなに? なんて口を挟む間もなく後輩同士の高速キャッチボールが続く。

 

「そのとおり。流石は同志ガストンだ。私達仲間内で、唯一従兄上と矛を交えた経験のある男は理解度が違うな」


 それはガストン君にとっては黒歴史では? 

 ほら、流石にバツが悪そうな顔してるし。

 カットインするならここだな。


「盛り上がっているところ悪いが、僕は狂人の高みなど目指していないからな?」


 色々訂正すべきところはあるが、一番大きな間違いから訂正すると、アヤセが深々と頷いた。

 よかった、理解してもらえた。

 なんて思うのは素人だ。

 絶対に僕の意図を理解していないことは、その瞳のギラツキを見れば明白なのだから。

 

「わかっていますとも。世間的にはどうしても後ろ向きな響きがありますからね、狂人という言葉は。護国卿たる従兄上が大っぴらにその目標を掲げることができない歯痒さはこのアヤセ。痛いほど理解しております」


 ほらね?


【流石はアヤセ・ラスブラン検定一級保持者ですね!】


 やめてしまえそんな検定。

 

「あー、従弟殿。酔っているか?」


 念のためにそう尋ねてみると、顔を見合わせて可笑しそうに笑うアヤセとガストン君。


「まさかまさか。たかだか酒瓶二本空けた程度で酔っていては、従兄上との酒席をともにする資格はありません。そうだな? 同志ガストン」


「ああ、そのとおりだ。護国卿を慕う若手貴族の集いの入会資格にも肝臓の強さが明記されているくらいだからな」


「僕ならその条件を見た瞬間に入会を辞退するぞ?」


 いや、本当に。

 どこのファンクラブの入会資格に肝臓の強度が盛り込まれてるっていうんだ。

 いいんだよ下戸でも。

 僕を慕ってくれる心ある若者なら大歓迎です。


「よく食べ、よく飲み、よく働く。これは我々の仲間になるための最低限の条件です」


「とても貴族の集まりで掲げられる文言とは思えないのだが、まあいい。従弟殿。お祖父様はお元気だろうか」


 このままだと声を大にして突っ込んでしまいそうなので、やや強引に話を変えることにする。

 一時期よく顔を合わせていたけど、最近あっちのお祖父ちゃんとは会ってないからね。

 

「元気じゃないと思いますか?」


 僕の問いに、今の今までニッコニコだったアヤセが一瞬で真顔になる。

 ラスブラン侯。

 相変わらず家族向けの愛情表現は下手くそなようだ。


「つまりお変わりないと。いいことだ。カナリア公よりも一つ上だったはずだが、まだまだ教えていただくべきことがたくさんあるからな。例えば交渉術などを」


 戦後交渉で戦力外通告を受けてしまったし、伯爵業を続けるにあたってはそのあたりも知識を深めるべきだろう。

 

「ヘッセリンク伯がラスブラン侯爵家の悪辣な対人術を学ばれるのか? これは、振り落とされないよう気合いを入れなければ」


 そう言いながらガストン君がパァン! と頬を叩くと、そんな友人を宥めるよう、アヤセが言う。


「心配するな同志ガストン。その方面は私も多少は心得があるからな。君は、武の面から従兄上を支えてくれ」


 なぜ僕が交渉術を学ぶとガストン君が気合を入れる必要があるのかわからないが、彼も廃嫡寸前から後継者候補までようやく辿り着いたところだ。

 ここは、先輩として後押しをしてあげよう。


「やる気があるのはいいことだ。もしガストン殿がラスブラン侯の講義を受けたいのであればいつでも連絡をくれ。僕から一筆したためれば、祖父も嫌とは言わないだろう」


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