第777話 方向音痴
「ジナビアスの王を、城から蹴落としただと?」
おじ様二人をまとめて売り飛ばしたら売り飛ばし返されました。
くそっ!
いずれバレるにしてもこのタイミングじゃなくてもよかっただろう!?
ほら、若い文官さん達がヘッセリンクやべえみたいな目で見てるじゃないですか。
怖くないよアピールのために笑顔で手を振ってみたら二人くらい膝から崩れ落ちたけど、戦後処理で疲れてるのかな?
あとで塊肉とお酒を差し入れしておこう。
【真実から目を逸らさないで】
不都合な真実からは目を逸らすに限るわけですよ。
まっすぐにこちらを見つめてくる王様と目が合わないようにしながら、どうやってこの場を乗り切るかとヘッセリンクの緑色の脳をフル回転させて導き出した結論がこちら。
「陛下。言い訳になってしまいますが、私はそこのすけべジジイの指示に従ったまででございます」
再度カナリア公を売り飛ばしてみた。
しかし、敵もさる者。
僕の考えを読んでいたかのように王様より先に反応してみせる。
「責任転嫁はよろしくないのう狂人殿よ。あと、陛下の前ですけべジジイ呼ばわりはやめんか馬鹿者め」
思わず本音がポロリしてしまった僕に対するカナリア公の苦言に、アルテミトス侯も同調するように頷く。
「そうだぞヘッセリンク伯。カナリア公がすけべジジイであることは動かし難い事実だが、陛下の前では適当ではないな。せめてクソジジイにしておけ」
すけべジジイとクソジジイのどちらが公式の場の呼称として適当かについては議論の余地が多分にあると思うが、アルテミトス侯が怒っていることは理解できた。
「陛下。無礼なガキどものしつけを行いますので、少し時間をいただきますぞ」
よれよれの上着を脱ぎ捨て、動きやすい格好になりながら拳を握り込むすけべジジイ。
アルテミトス侯も首をコキコキと鳴らしながら応戦する構えを見せる。
まさに一触即発。
「やめろやめろ。三人に暴れられては部屋が台無しになるだろう。文官達も怯えておる。まったく、仲が良いのはいいことだが、時と場所を考えて戯れろ」
王様、ナイスレフェリー。
最高権力者の絶妙なタイミングでのカットインを受け、おじ様達が揃って頭を下げる。
「話を戻すが、ヘッセリンク伯。余は、お主の行動を責めるつもりは一切ない。むしろ、よくやったと言っておこう」
この発言に、文官諸君からおお……! と声が漏れた。
てっきりやり過ぎを叱られるものだと思っていた僕も、意外な言葉に驚いて意味なくキョロキョロしてしまう。
「なぜと言って、身の程知らずの蛮族共にレプミアの恐怖を徹底的に刻み込み、二度と阿呆な夢を見ることができないようにしてこいと指示したのは他でもない余だ。戦を扇動した国の王を城から蹴り落とした? いいではないか。レプミアを怒らせるとそこまでやると思わせたのだろう? まさに余の指示どおりだ」
つまり、ミッションコンプリート?
カナリア公とアルテミトス侯の顔を見ると、二人揃って肩をすくめてみせる。
「陛下。悪い顔が出ておりますぞ? ご自分で仰ったとおり若い文官もいるのですからお控えください」
確かに今の王様は、何年かに一度しかお目にかかれない大国の支配者の顔だ。
普段はお酒好きの気のいいおじ様風だが、この顔が出てくると、敵に容赦する必要ある? いっそのこと滅ぼしちゃいなよ! くらいは平気で言ってのける印象がある。
カナリア公からの指摘を受けた王様は、わざとらしく目を見開いたあと、僕に蛮族しばいてこいと指示を出した時と同じく獰猛な笑みを浮かべながら言った。
「確かに余はレプミア史上最も優しく気さくで穏やかな王だが、それはあくまで身内に対して。敵にまでそうである必要はないだろう」
身内でよかったと感じざるを得ない覇王の風格を目の当たりにしてすぐに言葉がでない僕の背中を、百戦錬磨の公爵様がばしばしと叩く。
「よかったなヘッセリンクの。ジナビアス国王への暗殺未遂は無罪放免。むしろ褒賞がいただけるかもしれんぞ?」
暗殺未遂やめて。
あくまでも一騎打ちの結果ですから。
「よかったなと仰る割には、つまらないと顔に書いてありますよカナリア公」
公爵様は、僕の切り返しに悪びれる様子もなく頷いてみせる。
「実際つまらんからのう。お主が炎狂いや毒蜘蛛並の名声を得るいい機会じゃと思っておったのに、陛下からお褒めの言葉をいただいては、な」
狂人ポイントが貯まるチャンスだったのに惜しかったな! とでも言いたげなカナリア公だけど、僕にしてみればガッツポーズものだ。
「狂人に近づくことがいい機会なわけがないでしょう。そもそも、私はその方々とは逆の方向に走っているつもりです」
目指せ、脱・狂人!
先代までの歴代当主陣が辿ったルートに背を向け、次世代のために独自の道を開拓してみせる。
新時代ヘッセリンクのパイオニア。
そう呼ばれる日もそう遠くないだろう。
「だとすれば方向音痴が過ぎるな。距離と速さはともかく、余の目から見てもお主は歴代当主達と同じ方向に走っているぞ」
嘘だと言ってよキング。
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