第776話 三つ巴

 謁見のための控え室で一悶着はあったが、そこは僕も含めて貴族家の当主だ。

 文官さんが迎えに来ると、直前までの諍いなど表に出さず、粛々と王様の待つ謁見の間に向かう。

 

「皆、ご苦労。……余が言うのもなんだが、王の前に出るというのに、なぜ揃いも揃ってそんなに着衣が乱れているのだ」


 せめて顔だけはということで三人ともキリッとした表情で背筋を伸ばしているが、直前まで行われていた『殴り合いin王城』の影響でよれよれになった服や髪型の痕跡は消せず、王様から突っ込まれてしまう。

 初めは戯れ合いレベルだったのに、いつの間にかど突き合いに発展していたんだから驚きを隠せない。


【驚きを隠せなかったのは迎えに来た文官さんでしょう】

 

 それは本当にそう。

 あの文官さんには後で謝っておくとして。 この場をどう切り抜けようかと思案していると、ど突き合いの原因を作ったカナリア公が真面目な表情を崩さないまま口を開いた。


「お気になさらず。戦での勝利を祝ってはしゃいだ結果でございますので」


 うん。

 じゃあ気にしなくていっか! となるわけがない。

 だって、十貴院に所属する貴族のうち三つの家の当主がお城で殴り合ってたんだから。

 これで本当に気にせず流したならどうかしてしまっていると判断するところだったが、幸い王様は常識的な反応を見せてくれた。


「なぜ謁見前の控室でそこまではしゃぐ必要があるのだ。そのあたり、どう考える? アルテミトス侯」


 次に矛先が向いたのはアルテミトス侯。

 しかし、こちらのおじ様も王様からの投げ掛けに対して小揺るぎもせず対応してみせる。


「カナリア公の仰るとおりで間違いございません。いや、ついついはしゃぎ過ぎました。まあ、年甲斐もなく一番はしゃがれていたのは、総大将殿でしたがね」


 カナリア公と歩調を合わせつつも積極的に刺していくスタイル。

 見習いたいものだ。

 

「ヘッセリンク伯?」


 そして当然僕にも声が掛かるわけで。

 僕には、こんな場面で使用に耐えうるスキルはない。

 なのでこうする。


「先輩方のやんちゃに巻き込まれてほとほと困り果てているところです」


 先輩方をまとめて売り飛ばしてみた。


【お二人が凄い目で見てきてますが大丈夫そうですか?】

 

 巻き込まれたのは本当だからね! 

 グランパとパパンがいい例だけど、なんでこの国のおじ様連中はついでとばかりに僕を殴り合いに巻き込むのかね。 

 ああ、穏やかに生きていたい。

 そんな思いを抱えながら睨み合いに参加すると、僕達を眺めていた王様が深々とため息をつく。


「はあ……。もういい。話が進まぬ。とりあえず、此度の働き見事だった。余の求める以上の成果だったと聞いているぞ」


 王様が折れてくれました。

 やったね。


【面倒くさくなったんでしょうねわかります】


「過分なお言葉を賜り恐縮にございます。ただ、私に加え、アルテミトス侯とヘッセリンク伯が出陣したのでは、負ける方が難しいでしょうな」


 王様からのお褒めの言葉を受けたカナリア公が、ニヤリと笑いながらそう言ってのける。

 

「頼もしいことだ。サウスフィールドあたりからは、出番がなかったことについて愚痴のような文が届いたぞ」

 

 僕の貴重なお友達の一人、ミックの実家がサウスフィールドだ。

 家の二つ名は『戦争屋』。

 僕達が北で苦戦するようなら、ベルギニア伯爵家とととに参戦する予定だったらしい。

 それを聞いたアルテミトス侯がゆっくりと首を振る。


「むしろ、『戦争屋』が出張る事態になればそれはもう総力戦に突入することを意味しております。我ら三家で事が収まったこと、ほっとしております」


「うむ。考えてみれば、国としては百年、北との関係を深めることをしてこなかった。今後は、各国と関係を築く方向で考えている。百年ごとに絡まれては敵わんからな」


「アルスヴェル王国が我が国に憧れをもっておることがわかったのは収穫でしょうな。北との関係づくりは、お隣との関係をより深めるところから始めるのがよろしいかと」

 

「うむ。百年前に続く勝利、改めて見事であった。戦後処理についても、文官達から驚きの声が上がるほどトントン拍子に進んでいる。このあたりはアルテミトス侯の手柄なのだろうな」


 この点については、僕もアルテミトス侯の文武両道系貴族の能力が遺憾無く発揮された結果だと思っているが、なぜか当の本人がこちらを見てニヤリと笑う。

 嫌な予感100%。


「いえいえ。それについてはヘッセリンク伯の力でしょう。狂人殿の活躍がなければ、まだまだ時間がかかったでしょう」


 わざとらしく首を横に振るアルテミトス侯。

 その横では、カナリア公が真剣な顔でアルテミトス侯の言うとおり、などと相槌を打っているが、二人とも口元の笑いを隠しきれていない。

 くそっ、ここにきて結託しやがった!

 

「ほう。狂人殿の、か。一体何をやらかした?」


「いえ、ご報告に値するようなことは特に」

 

 とりあえず、当たり前のように何かやらかした前提、やめてもらっていいですか?


【ドンマイ】


 雑に慰めるのもやめてね?

 なんて、コマンドと脳内キャッチボールに興じている隙に、カナリア公があの件を口にする。


「この狂人殿が、敵の首魁であるジナビアス国王を城の上から蹴り落としましてな。その容赦なさを目の当たりにしては、いくら蛮族とはいえ降参するしかなかったようです」


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